2015年7月29日水曜日
『やさしさ反射神経』を育てよう。
これまで、体や心を幸せにするやり方を見てきました。
これらは、私(1人の人間)を幸せにする方法です。
しかし実は、幸せになる方法は、他にもあるのです。
しかもそれは、自分だけでなく、相手も幸せにする方法です。
やさしさ反射神経
わたしは「やさしさ反射神経」があると、つねづね思っています。
たとえば「あの人、困ってる。助けてあげたい」と思っても、
妙な照れにジャマされることがありませんか。
サッと動きたかったのに、タイミングを失ってしまうことがあります。
わたし自身、相手を助けたいと思ったときに、サッと動ける反射神経を
育てたいなあと、いつも思います。
心がけることが第一歩ですよね。
やさしさを与えることで、わたしたちの人生は何倍も幸せになります。
わたしが実際に出会ったやさしさ反射神経の話をしましょう。
* * * * *
テレビ朝日の取材で、千葉県の館山というところに行った時のことです。
あるお寺を取材した後、撮影スタッフの方に、駅まで送ってもらいました。
そこはとても田舎で、九重駅というところです。
早めに送っていただいたのですが、乗る予定の電車が来るまで、
まだ1時間もありました。
駅には待合室もなく、まわりにカフェもコンビニすらもありません。
おまけに、風がつめたくて、寒い日でした。
これは困ったなあ、このまま立っていると風邪をひいてしまうなあ、と思い、
途方にくれていると、電車が走ってくる音が聞こえてきました。
あまりにも早く駅についたので、わたしが乗る予定だった電車の、
1本前の電車が来たようでした。
しかし、わたしはホームを間違えていて、反対側のホームに立っていました。
あの電車に乗れたら、寒い中を待たなくてもいいんだけどなあ、と思いながらも、
田舎の駅のことで、ホームをうつるには、少しはなれた踏み切りまで行って、
渡らないといけないのです。
僧侶すがたで、大きなカバンを2つ持っていたわたしは、
とても間に合わないなあ、と思い、立ちつくしていました。
そのときです。
うしろの方から、パタパタと軽やかな足音が聞こえてきました。
かわいい声で、
「いそいで、いそいで。間に合うから。」
と言っているのが聞こえます。
ふり向いて見ると、小学校2・3年生くらいの男の子と女の子が、
息をはずませて走ってきました。
わたしの顔を見るなり、男の子が、
「どうしたんですか? あの電車に乗るんですか?
まだ間に合いますよ。ぼく、手伝います。」
と言うと、あっという間にわたしの黒いカバンを持って、
「こっちです」
と言いながら、走り出したのでした。
夢のような展開におどろきながら、わたしは2人につづきました。
子どもたちは、
「この電車、ゆっくり止まるから、大丈夫なんです。
わたしたち、毎日乗ってるから、わかります。」
といって、わたしを導いてくれて、電車に乗ると、
「ここに座りましょう」
と、向かい合わせの4人席に、いっしょに座ってくれました。
とてもかわいらしい2人で、一生懸命、交互に、かわいらしく話してくれます。
わたしが、話を聞きながら、寒そうに手のひらをこすっていると、
男の子はポケットから小さなカイロを取り出して
「どうぞ、これ、使ってください」
といいました。
わたしは、2人があんまりにもかわいくて優しいので、すでに涙目でした。
たった1駅でしたが、いっしょに降りて、
2人はわたしを乗り換えの場所までつれていってくれました。
そして、わたしがもう大丈夫なのを確認したあと、
何事もなかったように、特別なことなどしなかったかのように、
手をふって、走り去っていきました。
わたしには、この2人が、とても幸せで輝いているように見えました。
その日は忘れられない一日となりました。
この子たちは、まさに、わたしの先生だなあ、と思いました。
パッとわたしを見ただけで、「この人は困っている」と感じて、
ものすごい身軽さでわたしのカバンをもって、走り出したのです。
すごい「やさしさ反射神経」だなあ、と思いました。
* * * * *
このお話は、とても分かりやすい例だと思います。
誰かを助けたり、他の人を幸せにすることは、
そのまま、自分の心を豊かにしたり、安定させたりする効果があります。
みなさんも、道に迷っている人に行き方を教えたり、
匿名で募金をしたり、
電車でご老人に席をゆずったりしたことがあると思います。
そうやって自分のやったことで、相手を助けることができて、
とてもさわやかな気分になったのではないでしょうか。
わたしも、相手を助けたり楽しませたりすることが、大好きです。
家では毎日、どうやって娘たちを笑わせようか、と考えています。
相手と関わりをもつことで、こちらも幸せになれる。
しかもその幸せは、自分一人では得られない幸せです。
つまり家族やお友達、社会のみんながいるおかげで、
私たち一人ひとりが、さらに幸せになることができるのです。
カテゴリ ”幸せな人生をおくるために”
→次ページ 「1、最高に幸せな人生の作り方」
外国の人にも興味を持ってもらえて、すぐに仲良くなれる方法
これまで、心の幸せをふやすコツについて、書いてきました。
今回は、心が幸せになってきた人に、
みんなと仲良くする方法についてお話したいと思います。
でも、「しゃべるのが苦手で・・・」という人も、いるかもしれませんね。
そんな人も、きっと、参考にしていただけると思いますよ。
外国の人とも仲良くなれる
初めてお会いした人と仲良くなるために、
わたしが使っているものを紹介します。
それが、この名刺です。
これは2つ折りで、
表には、わたしの絵と顔写真
中を開くと、
わたしの興味あるものや、
バックグラウンドが分かるイラストを、
マップ状に絵で描いています。
今回は、心が幸せになってきた人に、
みんなと仲良くする方法についてお話したいと思います。
でも、「しゃべるのが苦手で・・・」という人も、いるかもしれませんね。
そんな人も、きっと、参考にしていただけると思いますよ。
外国の人とも仲良くなれる
初めてお会いした人と仲良くなるために、
わたしが使っているものを紹介します。
それが、この名刺です。
これは2つ折りで、
表には、わたしの絵と顔写真
中を開くと、
わたしの興味あるものや、
バックグラウンドが分かるイラストを、
マップ状に絵で描いています。
この写真はブラジルに移住する時に作ったものです。
なのでポルトガル語で書いてあります。
日本人に渡す場合には、そのまま日本語で大丈夫。
もしアメリカなど英語圏の国に行くなら、
Google翻訳などで英語を調べて、書きかえればいいです。
参考までに、こちらが日本語&英語バージョンです。
この名刺のいいところは、
多少間違ってても、絵で分かってもらえるところ。
この2つ折り名刺は、
何年も前に、ある本をきっかけに思いついて、
好評なので、ずっと使っています。
その効果はてきめん。
日本人はもちろん、
アメリカに行ったときも、外国人の方々に、
わたし興味あることやバックグラウンドを、すぐに理解してもらえました。
なにより、こんな名刺、誰も見たことが無いようで、
とても面白がってもらえるのがいいです。
おかげで、たくさんの人とお友だちになれました。
余談ですが、名刺の印刷は、今回、京都のグラフィック社さんにおねがいしました
印刷の通販 グラフィック
http://www.graphic.jp/
ここにお願いした理由は、
色がきれいに出る会社、という評判を聞いていたからです。
名刺の絵は、カラフルストーンというコラージュ(貼り絵)なんですが、
以前、ほかの印刷屋さんに頼んだところ、
かなり色がくすんで、うすく灰色がかってしまったのです。
これは、印刷する時に、色のデータ形式の変換をするのですが、
(RGBからCMYKという形式に変えるそうです)
その変換過程で、色味が変わったのが、その理由。
それで、色がきれいに出る会社を探していて。
この会社の、ビビッドカラープリント、という、
色データをできるだけ再現するサービスをつかうことで、
あざやかな色が出せました。
この2つ折り名刺なんですが、
アメリカで、絵の展覧会をしたときに、
グリーティングカードのデザイナーである、ケイトハーパーさんが、
絵を気に入ってくださったことがありました。
絵だけでなく、彼女はこの名刺も面白がってくれて、
ブログに取りあげてくれたのです。
Kate Harper blog
http://kateharperblog.blogspot.jp/2013/05/buddhist-minister-brings-her-life-into.html
まだまだ、こんな名刺を持ってる人、見たことないんですが
みんな、やったらいいんじゃないかな、と思っています。
外国の人とも友だちになれるくらいなので、
日本人同士なら、なおさら効果があります。
みんなも、機会があったら、作ってみてくださいね。
これ、手描きでも作れます。
わたしは最初のころ、家庭用カラープリンタで、
手作りしていました。
今は、名刺を作る会社もたくさんあって、
カンタンになってきてます。
これで、初めて会う相手をよろこばせることができますし、
人と会う時の緊張も、楽になりますよ。
次のページでは、「人を幸せにする幸せ」について、見ていきます。
カテゴリ ”心の幸せをふやそう”
→次ページ 「『やさしさ反射神経』を育てよう。」
3、思い込みを外すコツ
自分の思い込みを外すには?
わたしたちはゾウさんじゃないし、
杭とロープは目に見えるけど、
思い込みは目に見えないから、難しいかもしれません。
でも、思い込みを外すのは、不可能ではありません。
わたし自身が思い込みを外してきて、大事だと感じたポイントを教えますね。
といっても、ポイントはカンタンです。
それは、
「安心できて、リラックスできる場所をもつ」
ということです。
言い換えれば、
「どんな考えを持ってもよい、何を言ってもよい」と自分に許可してあげること。
そうすれば、自由に考えられるので、
「なにか苦しい感じがするけど、かたよった思い込みがあるんじゃないか?」と、気づける。
「本当にこの思い込みって、正しいんだろうか?」ということも、考えられる。
ちょっと、分かりにくいかもしれませんね。
もっと具体的に言いましょう。
まずは、当然だけど、マイナスの思い込みを押し付ける人から、離れましょう。
たとえば「お前は料理が苦手だな」とか言ってくる人がいたら、
とりあえず、離れるんです。
そういう人がすぐ近くにいたら、
「本当は、自分は料理が得意かもしれない」
なんて、なかなか考えられないから。
そして、リラックスできる場所に行きます。
もしくは、信頼できる人に話を聞いてもらうのも、すごくいいです。
大事なことじゃなので、くり返します。
「どんな考えを持ってもよい、何を言ってもよい」
と自分に許可してあげられる場所に行くのです。
思い込みをリストアップする
さて、次です。
今度は、自分を苦しめる思い込みを、洗い出していきます。
・何をしてるときに、つらくなったり、ストレスを感じるか?
・なぜそれで、つらくなるのか?
・かたよった思い込みがあるんじゃないか?
・その思い込みは、ほんとうに、自分が納得できるもの?
・その思い込みが生まれた原因で、すぐ思い浮かぶものは?
こんなことを、リラックスできる場所で、調べていきます。
これをやっているときは、体の感覚にも、気をつけるといいですよ。
自分を苦しくさせる思い込みに近づいたら、体が重く感じたり、固くなったりします。
これが思い込みに気づくヒントになるのです。
これをやると、ほんと、たくさんのことに気づけます。
自分が知らなかった自分に出会えるのです。
一度思い込みを発見できたら、日常生活でも気づけるようになります。
「あっ、また自分は料理が苦手だと考えてたなあ」
という感じで。
そして、それに気づいたら、
「ほんとうにその思い込みって、正しいの?」
と自分自身に言ってあげるだけでいいです。
こうやって、マイナスの思い込みを崩していくと、面白いことが起きます。
人によっては、小さい頃に料理を楽しんだ記憶を、思い出せることもあるのです。
マイナスの思い込みは、自分の実力を極端に小さく見せるもの。
過去に達成できたことを、忘れさせたりもするから。
しかも、こういう思い込みのせいで苦しくなってるケースって、ものすごく多いんです。
逆に言えば、なにか苦しい気持ちになったら、
「何か思い込みがあるんじゃないか?」
と確かめてみてもいいほどです。
何回もくり返しますが、
自分が苦しくなるような思い込みを見つけたら、
「本当にそうかな?根拠はあるの?」
と自分に問うてみるといいです。
ほとんどの場合、論理的な根拠なんて無い、ただの思い込みなのです。
その多くは
「小さい頃、親にそう言われたから」
「友だちがそう言ったから」
という程度のこと。
この
「親がそう言ったから」「友だちがそう言ったから」
というのは、ただの過去の出来事です。
過去にそう言われたからといって、
あなたが本当に料理が苦手だったり、
異性に人気がなかったりするわけじゃない。
ただ、
「自分は料理が苦手だ」
「自分は異性に人気がないんだ」
というフィルターで、自分を見てしまうくせがついてるだけ。
だから苦しくなるんです。
こんなことを書いているわたしにも、
そういう思い込み(フィルター)は、あります。
まだまだ気づいてない思い込みも、たくさんあることでしょう。
でも、1つ思い込みを外すことができたら、
次の思い込みを外すのが簡単になります。
なぜなら「思い込みを外すこと」自体に慣れるからです。
苦しくなるような思い込みは、外せば外すほど、楽になっていきます。
料理が苦手だった人も、その苦手意識が無くなれば、
当然、余計なストレス無しで料理できるようになります。
そうやって、苦しみを減らして、幸せを増やしていくのです。
おまけ:プラスの思い込みについて
じゃあ、逆に、プラスの思い込みについても、考えてみたいと思います。
たとえば、
「自分は幸せな人生を送れるはず」
というプラスの思い込みを持ってるとしたら、
それも根拠が無いことだといって、切り捨てるべきなのでしょうか?
わたしは、そうは思いません。
だって、わたし自身、幸せなことが大好きだし、
わたしの周りは、支えてくれる人でいっぱいだからです。
もしも小さい頃に
「あなたは幸せになれないよ」
と誰かに言われたとしても。
そんな一言よりも、
今、幸せなことが大好きな自分がいて、
まわりには助けてくれる人がたくさんいる事実の方が、よっぽど根拠があります。
そうやって、ほんとうに自分が納得できる根拠を、つかんでいけばいいんです。
もし、あなたの家族やお友だちが苦しんでいたら、
思い込みを外すお手伝いをしてあげられると、すてきですよね。
そんな時は、相手が話すのを否定せず、
ただ聞いてあげるだけでも、気づきが起きます。
話を聞いてくれる味方がいれば、なかなか外れないような強い思い込みでも、
外れる可能性が生まれます。
そして、お互いに思い込みを外し合える人間関係を広げていけたら、最高です。
そうすれば、どんどん苦しみが減って、幸せが増えていきます。
そういう意味では、これは、みんなで幸せになることができる方法の1つですね。
長くなってしまいました。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
最後に
わたしは、苦手なことがあるのは、悪いことじゃないと思います。
なぜなら、すごく完璧に見える人でも、もし苦手なことがあったら、
それがその人のチャーミングポイントになるからです。
でも、苦手なことがあるせいで、とても苦しい思いをしているとしたら、つらいですよね。
もしかしたら、あなたのその苦しさが楽になるんじゃないか、と思って、この文章を書きました。
いっしょに苦しみを減らして、
幸せを増やしていきましょうね。
カテゴリ ”心の幸せをふやそう”
→次ページ 「外国の人にも興味を持ってもらえて、すぐに仲良くなれる方法」
2、つながれた子ゾウは、大きくなっても・・・
つながれた子ゾウの例え
前のページで「思い込みによって、人生が苦しくなる」と書きました。
この現象をうまく言いあらわした話があります。
それは、ゾウさんです。
耳が大きくて鼻が長いゾウさん。
ゾウを飼っている人が、まだゾウが小さいときに、
杭にロープでその子ゾウつなぎました。
まだ子ゾウなので、ゾウは杭を引き抜くことができませんでした。
そこで子ゾウは「自分はこの杭を引き抜けない」と思い込んでしまったのです。
その後、ゾウは成長して大きく大きくなりました。
杭なんてすぐに引っこ抜けるくらいに成長したのです。
しかし、です。
その大人になったゾウは、「自分はこの杭を引き抜けない」と思い込んでいるため、
つながれたまま、おとなしくしているそうです。
どうでしょうか。
この、不自由なままでいるゾウ。
まるで、料理が苦手だと思い込んでる人のようじゃないですか。
さて。
このゾウの話はこれでおしまいなんですが、わたしはさらに考えてみました。
じゃあ、このゾウさんはどうすれば杭を引き抜いて、自由になれるのだろうか?
わたしが考えた答えをいくつか書きますね。
1、他のゾウが杭を引き抜くのを見て、「自分にも杭が引き抜ける」ことを知る。
=あいつができるんだったら自分もできるんじゃないか、ということですね。
2、友だちのゾウから
「お前、そんな小さな杭、もう引き抜けるんじゃないか? ためしに引っぱってみろよ」
と声をかけてもらう。
=友だちは時々、こういうことを気づかせてくれます。
3、鏡を見てみる。そして
「カンタンに引き抜けるはずの小さな杭に、おとなしくつながれている自分」に気づく。
=自分の実力を正確に知る、ということです。自分を過小評価しないということ。
こんなところです。
では、ゾウさんじゃなくて、わたしたち人間だったらどうでしょうか?
わたしたちの思い込みは、どうやったら外せるのでしょうか?
カテゴリ ”心の幸せをふやそう”
→次ページ 「3、思い込みを外すコツ」
1、思い込みを外すと、人生が広がる
こんにちは、光雲です。
今日のテーマは、
「思い込みを外して、幸せを増やす」
ということです。
読んで字のとおり、思い込みを外すと、幸せが増えるのです。
それはどういうこと? と思う人も、おられるでしょう。
たとえば、「私は料理が苦手だ」という思い込みを持っていたとします。
すると、
・料理が苦手だと思い込んでいる
→ますます料理をしなくなる
→ますます料理の腕がにぶる
→さらに料理が苦手になる・・・
そういう、悪循環をくり返すことになります。
そして最終的に、「私は料理が苦手だ」という思い込みを、実現してしまうのです。
これは苦しいと思います。
なぜなら、料理をする場面に出会うたびに、つらい思いをするから。
でもほんとうは、そんな思い込みを外して料理を楽しめたら、
すぐに上手になったりするものです。
料理だけじゃなくて、いろんな思い込みがあります。
例をあげると、
「人と話すのが苦手だ」
「異性に人気がない」
「運動おんちだ」
などなど。他には、
「怒ってはいけない」
「泣くのをガマンしないといけない」
「安定した人生を求めないといけない」
などもあります。さらには、
「親より幸せになってはいけない」
「人生を楽しんではいけない」
「他人のお世話をしないといけない」
なんてものも。
ほかにも、色んな思い込みがあるでしょう。
そんな思い込みってあるの?とか、自分に当てはまるなあ、という人も、いると思います。
けれども、これらの思い込みの多くが、
実は、人生のどこかでたまたま思い込んでしまっただけ。
よく考えてみると、ちゃんとした根拠は無かったりするんです。
こういう思い込みを外すことができると、
より自分らしい人生を歩めるようになります。
では次のページから、ゾウさんの例え話をつかって、
さらに詳しく見ていきます。
カテゴリ ”心の幸せをふやそう”
→次ページ 「2、つながれた子ゾウは、大きくなっても・・・」
2015年7月28日火曜日
3、自分自身に愛情表現しよう
自分自身に愛情表現しよう1 「好き」を大事にする
他人に愛情を表現するのと同じくらい大切なものが、
自分で自分に愛情を表現すること。
なぜなら、自分がゴキゲンであることが、
みんなの幸せにもつながっているからです。
その1つが、「好き」を大事にすることです。
思いつくままに挙げてみると、
・好きなこと、興味のあることをする
・好きなものを食べる
・好きな人と一緒にいる
などなど。さらに、
・好きな服を着る、好きなお花をかざる、好きな絵を飾る、
・好きな人とお気に入りのカフェに行く。
・好きな景色を見に出かける。
これを読んで、どんな気持ちになりましたか?
もしかしたら、自分の好きなものに時間やお金を使うなんて、
ちょっと、もったいない気がしたかもしれませんね。
コーヒーや紅茶だって、わざわざカフェに行かなくても、お家で飲めるしね。
でも、こういう小さなぜいたくでホッとすることで、
新しいアイデアがわいたり、やる気がメキメキ出てきたりしますよ。
もう、とにかく、自分の感覚が満足するようにしてみる。
これは、とても幸せにしてくれます。
そして、そういう幸せな気分を味わえば味わうほど、
「自分は幸せになってよいのだ」
という感覚が、身体にしみこんでいきます。
そうやって自己評価が上がっていくことで、
さらに幸せな毎日がおとずれるようになるのです。
自分自身に愛情表現しよう2 「身体を心地よくする」
自分が気持ちよくなるように、ゆっくりお風呂に入ったり、浜辺でぼーっとしたり。
体の感覚に敏感になることは、とても大事です。
幸せは、頭で理解することではありません。
体が、細胞レベルで感じていくものなのです。
体をじっくり観察するのに、体操するのもとてもいいものです。
わたしはずっと、「自力整体」という体操を学んできました。
それ以外にも、ゆる体操や呼吸法など、
体が喜ぶことにチャレンジするのが大好きです。
「ゆる呼吸法」革命
ゆる体操”超基本9メソッド
とくにゆる体操はおもしろくて、
高岡英夫先生という、とってもユニークな方が本を書いておられます。
カンタンな体操ですが、身体がリラックスできて楽になりました
たまには、マッサージ店にいって、体中をもんでもらったり、
よい香りのアロマをつかって、リラックスしたり。
温泉にじっくりつかるのも、気持ちいいですよね。
心地よい時間を、自分にプレゼントしてあげましょう。
体がごきげんだと、心にも余裕が出てきます。
ちょっと、まとめ
自分の好きなこと・興味あることをする。
身体が心地よくなることをする。
これらはとても大事なことです。
興味のあることをとことんやって、
身体が喜ぶことをしてみてください。
いつもより、まわりの人にやさしくしている自分に気づくことでしょう。
心の幸せをふやす大切さ
ここまで読んでみて、いかがでしたか?
ふりかえってみると、
・愛情のコップを満たす方法 → 気持ちを受け止めてもらい、スキンシップしてもらう。
・自分が愛情で満たされると、他の人に愛情表現したくなる。
(いろんな国でよろこばれるのは、「あいさつ」「良いところを認める」「笑顔」 )
・自分自身に愛情表現することで、ゴキゲンになれる。
「好き」を大事にして、身体を心地よくするのが効果的。
どうぞ、これらをヒントに、心の幸せをふやしていってください。
「心」というものは、つかみどころが無いものに感じるかもしれません。
けれども、一度愛情で満たされてしまえば、
自分を大切にする感覚が分かってきます。
そして、自分をしっかり大切にすることができれば、
他の誰かを大切にするということも、ちゃんと分かってきます。
大切な人と愛情を与え合って、
いっしょに愛情の輪っかを広げていきましょう。
カテゴリ ”心の幸せをふやそう”
→次ページ 「1、思い込みを外すと、人生が広がる 」
2、愛情が満たされたら・・・
2つの方法で、愛情を満たそう
これまで見てきたように、愛情を満たすには2つの方法があります。
1、気持ちを受けとめる
2、スキンシップ
これを絵にすると、こんなイメージになります。
「光雲な毎日」という本にも書きましたが、
私の父は、世界一の娘として私を育ててくれました。
母は、私のやりたいことを何でもやらせてくれました。
愛情のコップでいえば、愛情が溜まっていくどころか、
愛情でできた海にコップごと浸かっていたような感じです。
この愛情の海のような両親のおかげで、
私というコップは、これ以上なく満たされていました。
私はこの両親の愛情のおかげで、
「自分は最高によいのだ」という自己肯定感をもって、育つことができたのです。
では次に、愛情のコップがタプタプに満たされたらどうなるか、見ていきましょう。
みんながうれしい愛情表現1 「あいさつ」
自分が愛情でタプタプになると、愛情を表現したくなるものです。
わたし自身、愛情をたくさんもらったおかげで、
そのうちに、自分から愛情を表現するようになりました。
これからご紹介するのは、
アメリカ・ブラジル・台湾・エクアドル・イギリス・マレーシア・ベネズエラ・・・
色んな国のお友だちが、よろこんでくれた愛情表現です。
カンタンなものでは、あいさつ。
じつは、あいさつだけでも、愛情を表現できるのです。
「おはよう」「こんにちは」と、相手に声をかけるだけでも、
「あなたがそこにいるのを分かっているよ、受け入れているよ」
というメッセージを伝えられます。
知っている人と道ですれちがったときに、
声をかわさなかったら、ちょっとさびしい感じがしませんか?
これは、
「あなたがいるのを感じているよ、分かっているよ」
ということを伝えてもらえなかったから、というのが大きな理由です。
あいさつというシンプルなものですが、
とっても大事なものでもあるんです。
みんながうれしい愛情表現2 「良い点を認めて、伝えてあげる」
相手の良い点を認めてあげると、自己肯定感がアップします。
見た目の良さ、頭のかしこさ、スポーツが上手、知識が豊富、感情表現が豊か・・・
そういう良い点を認める。
でも、それだけではありません。
その人が認められていないこと、価値が無いと思っていることがあれば、
その価値を教えてあげる。
たとえば、広いおでこ・りりしい顔つきの、とてもかしこそうに見える人がいました。
なので「かしこそうに見えますよ」と何度か伝えると、
「実は、私はおでこが広いから、自分の顔がきらいだったんです。
でも、かしこそうに見えると言われて、自分の顔が好きになってきました。」
といわれました。
また、
「無駄な時間を過ごすこと」を自分に許していない人がいました。
マンガを読んだり、ぼーっとしたりすることは、
ダラダラした無駄な時間だとおもっていたそうです。
そんな時間を過ごすよりも、なるべく仕事に時間を使うべきだと思い込み、
逆に疲れて仕事がはかどらない状態です。
でも、自分が好きなことをしてリラックスするのは、とても大切な時間です。
何か、やり遂げたいことがあるならば、むしろぼーっとしたり、
気持ちいいことを毎日するべきです。
そこで、
『ぼーっとしたり好きなことをする時間を過ごすことで、
リフレッシュできて、次の仕事に全力で取り組めるようにもなるよ』
そう伝えると、さっそく小説を買ってきて、ゆっくりしながら読んだそうです。
それによって、気力がよみがえってきて、今ではゆっくりする時間を大切にしながら
仕事に積極的に取り組めるようになったといいます。
このように、その人が価値を認めていないことにも、
じつは良い点があるのだ、ということを教えてあげる。
それだけで、人生の幸せ度が上がることがよくあります。
みんながうれしい愛情表現3 「笑顔をほどこす」
笑顔を向けてもらうと、こっちもとても幸せな気持ちになれます。
たとえば、通りすがりの人に笑顔で「おしゃれですね」といわれたら、
その日は一日中、ハッピーな気分になれます。
わたしがアメリカのバークレーにいた時、
よく通りすがりの人から声をかけてもらいました。
「そのワンピース、すてきだね」
「きれいな花をもってるわね」
そんな一言が、一日を色あざやかにしてくれます。
さあ、次は、自分を大事にするやり方を見ていきます
カテゴリ ”心の幸せをふやそう”
→次ページ 「3、自分自身に愛情表現しよう」
1、そもそも幸せは、どうやって生まれる?「愛情のコップ」
Q.幸せは、どうやって生まれる?
「ああ、幸せだなあ」とたくさん感じられる人生って、とてもいいものです。
だれもが、もっと充実した人生を生きたい、
より幸せになりたいと願っていると思います。
私の毎日は、楽しいこと・悲しいこと、いろいろおこってきますが、
とても充実しています。
ありがたいことに、基本的に、いつもワクワクしています。
みなさんは、いかがでしょうか?
どんなときに幸せを感じますか?
まずは、この「幸せな感じ」がどうやって生まれているのか、
考えてみたいと思います。
幸せな感覚が生まれる理由
幸せであるかどうかは、『愛情で満たされているかどうか』がポイントのようです。
幸せな毎日を送っている人の共通点として、
「愛情をたくさんもらっている」
というものがあります。
両親・家族・恋人・パートナー・友だち・地域の人々・・・・
そんな人間関係から、愛情をたくさんもらっている。
そう感じている人は、自分が尊い存在であると分かってきます。
言いかえると、愛情をもらって、愛情でタプタプに満たされることで、
「自分は、愛される価値がある存在なんだなあ」
と、理屈ではなく、体で感じられるわけです。
その結果、自分自身を大切にできるようになります。
こうやって「自分は自分らしく生きていいんだ」という自己肯定感をもてれば、
のびのびと暮らすことができます。
人生で起きる大変な出来事も、そのときに生まれてくるネガティブな感情も、
どちらも受け入れて、生きていくことができます。
そして、愛情をたくさん感じられる人は、
その分、自分自身にも他の人にも、愛情を与えやすくなります。
愛情を与え合える人間関係ができれば、それはとても幸せなコミュニティとなります。
しかも、愛情とは不思議なもので、
与えれば与えるほど、後になって返ってくるのです。
愛情のコップを、タプタプに満たそう
このことを、コップの話で例えてみます。
人間をコップだとすると、愛情を注げば注ぐほど、コップがいっぱいになります。
そして、そのまま注ぎ続けると、今度はコップから愛情があふれ出します。
あふれた分の愛情は、他の人に与えることができます。
しかも、その与えた愛情は、コップからあふれ出た分なので、
そのコップの中の愛情が減ることはありません。
たくさん愛情を受けたコップから、あふれ出た愛情を他のコップに注ぐ。
そんな関係がたくさんできたら、
そのコップたちはとても幸せなコミュニティを築くことができます。
愛情のコップを満たす方法1 「気持ちを受けとめてもらう」
では、愛情のコップを満たすには、どうすればよいのでしょうか?
みなさんは、どんな時に「ああ、愛されてるなあ。うれしいなあ。」と感じますか?
そのことを考えながら、読み進めてみてください。
じつは、とても効果的なやり方が2つあります。
カンタンで、本当に愛情を感じてもらえるので、ぜひみんなに知ってもらいたいことです。
1つは、
「気持ちを受けとめる・聞いてあげる」
というもの。
例えば、あなたに辛い出来事があって、とても悲しい気持ちになっていたとします。
そのときに、信頼できる人に話を聞いてもらって、
「そうか。とっても悲しいんだね」
と、気持ちを受けとめてもらったとします。
すると、気持ちをやさしく受けとめてもらうことで、
あなた自身の存在を受け入れてもらった感覚が生まれます。
なぜなら「自分の気持ち」は、自分の存在そのものだからです。
たとえて言えば、一人で寒い荒野を歩いてきた後に、
お家に入れてもらって、やさしく毛布をかけてもらうようなもの。
一人ぼっちでこごえていた気持ちが、ていねいにあたためられるのです。
この「気持ちを受けとめる方法」は、とても大事なことなので、
別に4コマまんが『なやみ子さん』で分かりやすく説明しています。
ぜひ、そちらもごらんください。
4コマまんが『なやみ子さん』
http://koun18jp.blogspot.jp/2013/11/blog-post.html
愛情のコップを満たす方法2 「スキンシップ」
もう1つの方法は、「スキンシップ」です。
海外では、よく抱きしめたり、握手したりします。
わたしがアメリカに行ったときも、スキンシップのすばらしさをつよく感じました。
朝、学校に行くと、お友だちに会います。
すると、まず愛情を込めて、抱きしめ合います。
それだけで、エネルギーをもらうのです。
日本だと、抱きしめ合うのは、親とまだ小さい子ども、恋人、夫婦にかぎられるのでは?
(たとえ夫婦でも、中高年になるとハグしない人が多い)
アメリカやブラジルでは、色んな人とハグできます。
そして幸せにつつまれます。
それはとてもあたたかい気持ちになるものでした。
そして、わたし自身も、体のふれあいで、安心を得てきたように思います。
小さい時、わたしは耳たぶをさわるのが好きでした。
とくに、母のやわらかい耳たぶが好きで、
寝る前はかならず、母の耳たぶを持って、
「みーみーよ、みーみーよ」といいながら眠っていました。
また、背中をかいてもらうのが好きで、よく背中をかいてもらっていました。
たまには、仕事で忙しい父もかいてくれました。
父の手はとても大きく、片手を広げただけで、背中全体がかけるほどでした。
お父さんの手は大きいなあ、と思いながら、眠りにつくのでした。
赤ちゃん時代にたくさん触れてもらい、スキンシップをとれた子は、
心が落ち着き、自己評価も高くなります。
実際にわたしの家でも、夜、寝る前に、子どもの背中をなでてあげます。
すると、学校で気になっていることなどを、リラックスしてしゃべるのです。
これをつづけていると、子どもの心は、さらに安定してきます。
さらに、すばらしいことには、なんと大人になってからでも効果があるのです。
たとえ子ども時代にスキンシップが少なく、満たされなかったとしても、
大人になってから信頼できる人にスキンシップしてもらうことで、
心の安定を取り戻すことができるのです。
わたしの知人で、子ども時代にスキンシップしてもらえなかったある人は、
心に空虚感をかかえていました。
けれども、このスキンシップの重要さを聞いてから、
パートナーからたくさん背中をなでてもらうようになったそうです。
すると、数日もしないうちに、それまで感じたことのない安心感や、
「自分自身を大切にしよう」という思いが生まれてきたといいます。
以前はどこか寂しげな感じがありましたが、それを1年以上続けてもらった彼は、
今では頼りがいのある、自信に満ちた顔つきの青年に変わりました。
なでてもらっただけで、彼の人生は大きく変わったわけです。
スキンシップは、1番目の「気持ちを受けとめる」よりもカンタンです。
やさしく背中をなでてあげるだけでいいのですから。
なのに、その人の人生を変えてしまう力を持っています。
(興味のある方は、参考として『子供の「脳」は肌にある』をぜひ読んでみてください。
スキンシップの効用が理解できる、とてもすばらしい本です。)
『子供の「脳」は肌にある』
http://www.amazon.co.jp/dp/4334032451
もちろん、子ども時代にたくさんスキンシップをしてもらった人も、
今よりスキンシップをふやすことは、幸せな人生にとってプラスになります。
相手に受け入れられていることを、肌で直接感じられるため、
自己評価もさらにグッと上がります。
このすばらしいスキンシップが効果を発揮するには、信頼感が大事です。
ハグのときは、自分も相手も、ハグされてOKかどうかを感じてから、抱きしめます。
OKを出しているからこそ、お互いの愛情が相手に届いて、強力な癒しの力が生まれるのです。
たとえば、悲しそうな友人をハグしてあげると、
ドッと泣き出した、ということは、よくあります。
たくさん涙を流したら、悲しみが癒えて、とても喜んでもらえます。
* * * *
余談ですが、以前、子育ての理論書ばかり勉強して、
子どもをほとんど抱っこしない母親の話をよんだことがあります。
彼女は、子どもをすこやかに育てるために勉強しているのですが、
子どもは情緒不安定で、感情が死んだような状態になっていたそうです。
この例とは反対に、育児書なんて1冊も読んだことがないけれど、
たっぷり子どもとスキンシップをとり、すこやかな子どもが育っていく家庭もたくさん見てきました。
日本でも海外でも同じで、愛情が満たされている子どもは、
心が安定していますし、感情表現も豊かなことが多いです。
アメリカなどのハグやキスが一般的である国の良さは、
そのスキンシップによって、愛情のコップが満たされるチャンスが
毎日ある、というところです。
また日本でも、 江戸時代についての本を読むと、
子育てに濃密がスキンシップがあったことが描かれています。
たとえば赤ちゃんは、母親や年上の子どもの背中に
毎日、長時間おんぶをされて育ちました。
これは、子どもの発育にとても良い影響を与えたとかんがえられます。
想像してみてください。
お母さんや、お兄ちゃんお姉ちゃんの背中で、
つまり、信頼できる人の体温を毎日何時間も感じながら、育つわけです。
心の根っこに、ゆるぎない安心感をもった子どもが育つと思いませんか。
幸せは、じつは目のまえにある
わたしは、この
1、「気持ちを受けとめる」と2、「スキンシップ」は、
幸せな人をたくさん増やすことができるんじゃないか、と思っています。
しかも、人を幸せにする力があるのに、お金もかかりません。
ただ気持ちを受けとめてもらい、なでてもらうだけ。
まるで『幸せの青い鳥』のお話のようです。
つくづく、幸せは身近なところにあるのだなあ、と感じます。
カテゴリ ”体の幸せをふやそう”
→次ページ 「2、愛情が満たされたら・・・」
2014年10月11日土曜日
幸せの増やし方。自分の幸せが、他人の幸せとつながること。
幸せの増やし方
感情に敏感になってくると、幸せが増えてきます。
ここでは、今からできる、日常生活での工夫をお伝えします。
まず、カンタンにできることがあります。
それは、自分の好きなモノを身の回りに置くことです。
たとえば、 好きな洋服やクツ、好きな家具、好きな髪形、好きな人、好きな場所・・・
なぜか分からないけれども、これが好き!
そういうものが、あなたにもあるはずです。
休日にお出かけするときも、なんとなく落ち着く場所があるもの。
そういうものを、ぜひ大事にしてください。
それがそのまま、自分の気持ちを大切にすることになります。
自分の幸せが、他人の幸せとつながること
わたしは、自分の気持ちを感じ、ありのままに表現することが好きです。
毎日描いている絵にも、その時の気持ちを描いています。
絵を描くことは、わたしの大切な幸せの1つです。
そして、自分のために描いた絵を、欲しいと言ってくださる方々がおられます。
自分の幸せが、他の人の幸せにつながっているのです。
自分がやっていて幸せを感じること。とても好きなこと。
そういうものを、とことん突きつめてやっていると、
ぽっかり穴が開くように、他の人とつながるポイントがあります。
自分のためが、他人のためにもなる。
本当にそんな奇跡が起こるのです。
毎日、ただ絵を描き続けていただけのわたしでしたが、
どこかでわたしのことを知った人たちが、
「絵を見せてほしい」と言ってこられるようになったのです。
最初は夢かと思いました。
でも、それは現実に起こったのです。
今でもよく、わたしに直接連絡してきて、絵を希望される方がおられます。
中には、「こんなイメージで描いてほしい」というご依頼もありますが、
基本的にお受けしていません。
というのも、依頼されたイメージどおりに描ける画家ならばよいのですが、
わたしは自分の気持ちを絵にしています。
どうしても、注文されたイメージ通りに気持ちを作るのは難しくて、時間がかかります。
長いことお待たせして描いた絵も、「うーん、イメージとちがう・・・」ということになりかねません。
これでは、注文してくれた方にも、申しわけないのです。
そこで、日々描いている絵をホームページやフェイスブックで見られるようにしました。
絵に興味がある方には、そちらを見ていただいています。
みなさんの幸せを、絵でお手伝いできることは、絵描きとして最高の幸せです。
わたしと絵でつながってくださった方々へ。
こころから感謝しております。
ホームページを作ったのは、幸せをシェアしたいから
ありがたいことに、わたしの人生は今も、幸せで満ちあふれています。
そこで、こんなに幸せをもらっているんだから、おすそわけをしよう!と思いました。
幸せな人生の助けになっている知識を、もっとたくさんの人とシェアするために、
ホームページを作りました。
これからも、わたしが学んだことを、少しずつお伝えしていきます。
光雲のホームページ
http://koun18.com/
2014年10月10日金曜日
幸せの感覚を、豊かにするもの
わたしは今、とても幸せに満ちた人生をおくっています。
広島に生まれ、日本人ばなれした愛情表現をする明るい父と母に育てられました。
それでも、最初からここまで幸せだったわけではありません。
自己紹介のページにも書きましたが、わたしはもともと、
仏教のことは何も知らず、お仏壇もない家に生まれました。
子どもの頃から絵を描くのが好きで、そのまま芸術大学に進学したのですが。
大学時代は、先生や他の美大生、お客さんなどの評価が気になって、
絵を描くことを、心から楽しむことはできなかったように思います。
でもその後、仏教と出会い、人生が180度転換することを、身をもって知りました。
さらに、絵で自分の気持ちを自由に描けるようになったのは、もっともっと後、2005年からです。
この時から、自分の気持ちを素直に認めることができるようになりました。
それ以来、毎日、絵を描いています。
この当時も今も、わたしは、自分の気持ちを表現するために、絵を描いています。
もっと言えば、純粋に自分のために絵を描いているのですが、
不思議なことに、ある時から少しずつ「あなたの絵がほしい」という方があらわれました。
絵に興味をもってくださる方がいることを知り、
それは言葉で言いあらわせないほど、うれしいことでした。
そこで描いた絵をデータ化して、ホームページでダウンロードできるようにしておいたら、
「あなたの絵を、出版する本の表紙に使いたい」
と言ってくださる方もあらわれました。
そして個展をするようになり、今まで関西・仙台・アメリカで個展を開催してきました。

カリフォルニアの個展に参加された方々と。
個展に参加された方々の感想です。(日本語訳つき)
絵を描いている様子 → youtubeで見る
幸せは、自分の気持ちをそのまま認めるところから、スタートします。
わたしの絵も、気持ちにそのまま色をつけて描いています。
好きなこと、楽しいこと、いっしょにいると楽しい人。
そんな気持ちを、ごまかさずに認める。
そうするだけで、少しずつ、幸せが近づいてきます。
そうは言っても、気持ちをそのまま認めるのは、なかなかむずかしいもの。
ありのままの気持ちは、すこし目をはなしただけで、するりするりと手から抜けおちていきます。
そんな気持ちを感じとるために、わたしは、カール・ロジャーズという、
近代カウンセリングの基礎をつくった人の理論も学んできました。
自分の感情を正しく把握できるようになると、
本当に心から求めていることが分かるようになります。
これを続けていくと、苦しみが減って、幸せが増えるのです。
まわりの人が幸せになっていくのを見るのがうれしくて、
ご縁のあった方に限定して、カウンセリングもしています。
自分に合った仕事や、一生のパートナーに出会ったときに、
「これだ!」とピンと来るのも、気持ちに敏感な人に共通しています。
みなさんも、ぜひ自分の気持ちを感じてみてくださいね。
苦しいことが減って、好きなことや幸せが増えますよ。
2014年8月20日水曜日
思い込みを外して、幸せを増やそう
こんにちは、光雲じゃ。
今日のテーマは、「思い込みを外して、幸せを増やす」ということです。
読んで字のとおり、思い込みを外すと、幸せが増えるんじゃ。
それはどういうこと? と思う人もあるじゃろう。
たとえば、「私は料理が苦手だ」という思い込みを持っていたとするね。
すると、料理が苦手だと思い込んでるから、ますます料理をしなくなる。
→ますます料理の腕がにぶる
→さらに料理が苦手になる・・・
という、悪循環をくり返すことになるんじゃ。
そして最終的に、「私は料理が苦手だ」という思い込みを、実現してしまうんよ。
これは苦しいと思うんじゃ。
料理をする場面に出会うたびに、つらい思いをするけえ。
でもほんとは、そんな思い込みを外して、料理を楽しめたら、すぐに上手になったりするもんなんじゃ。
料理だけじゃなくて、いろんな思い込みがある。
「歌がへただ」
「運動おんちだ」
「異性に人気がない」
「人と話すのが苦手だ」
「他人のお世話をしないといけない」
「親より幸せになってはいけない」
「金持ちになってはいけない」
「人生を楽しんではいけない」
「安定した人生を求めないといけない」
「怒ってはいけない」
「泣くのをガマンしないといけない」
などなど。
ほかにも、色んな思い込みがあるじゃろうね。
その多くが、人生のどこかでたまたま思い込んでしまっただけ。
よく考えてみると、ちゃんとした根拠は無かったりするんじゃ。
この現象をうまく言いあらわした話がある。
それは、ゾウさんじゃ。
耳が大きくて鼻が長いゾウさん。
ゾウを飼っている人が、まだゾウが小さいときに、杭にロープでその子ゾウつないだんじゃ。
まだ子ゾウじゃけえ、ゾウは杭を引き抜くことはできない。
そこで子ゾウは、「自分はこの杭を引き抜けない」と思い込んでしまったんじゃ。
その後、ゾウは成長して大きく大きくなった。
杭なんてすぐに引っこ抜けるくらいに成長したんじゃ。
でも、じゃ。
その大人になったゾウは、「自分はこの杭を引き抜けない」と思い込んどるから、
つながれたまま、おとなしくしとるそうじゃ。
どうじゃろうか。
この、不自由なままでいるゾウ。
まるで、料理が苦手だと思い込んどる人のようじゃろう?
さて。
このゾウの話はこれでおしまいなんじゃけど、わしはさらに考えてみた。
じゃあ、このゾウさんはどうすれば杭を引き抜いて、自由になれるじゃろうか?
わしが考えた答えをいくつか書くね。
1つめは、
・他のゾウが杭を引き抜くのを見て、「自分にも杭が引き抜ける」ことを知る。
→ あいつができるんだったら、自分もできるんじゃないか、ということじゃね。
2つめは、
・友だちのゾウから「お前、なんでそんな小さな杭につながれてるんだ? もう引き抜けるんじゃないか? ためしに引っぱってみろよ」と声をかけてもらう。
→ 友だちは、ときどき、こういうことを気づかせてくれるけえね。
3つめは、
・鏡を見てみる。そして「カンタンに引き抜けるはずの小さな杭に、おとなしくつながれている自分」に気づく。
→ これは、自分の実力を正確に知る、ということじゃね。
自分を過小評価しない、ということ。
こんなところじゃ。
じゃあ、ゾウさんじゃなくて、わたしたち人間だったらどうじゃろうか?
あなた自身の思い込みは、どうやったら外せるじゃろうか?
わしらはゾウさんじゃないし、杭とロープは目に見えるけど、
思い込みは目に見えんけえ、むずかしいよね。
でも、思い込みを外すのは、不可能じゃないけえ。
わし自身が、思い込みを外してきて、大事だと感じたポイントをおしえるけえね。
とゆうても、ポイントはカンタンじゃ。
それは、
「安心できて、リラックスできる場所をもつ」
ということじゃ。
ちがう言葉でいえば、「どんな考えを持ってもよい、何を言ってもよい」と自分に許可してあげること。
そうすれば、自由に考えられるけえ、
「今、なんか苦しいけど、かたよった思い込みがあるんじゃないか?」と、気づける。
「本当にこの思い込みって、正しいんだろうか?」ということも、考えられる。
ちょっと、分かりにくいかな?
もっと具体的にいうとじゃね。
まずは、当然じゃけど、マイナスの思い込みを押し付ける人から、はなれよう。
「お前は料理が苦手だな」とか言ってくる人がおれば、とりあえず、はなれるんじゃ。
そういう人がすぐ近くにおったら、「本当は、自分は料理が得意かもしれん」なんて、なかなか考えられんけえね。
そして、リラックスできる場所に行こう。
もしくは、信頼できる人に話を聞いてもらうのも、すごくええよ。
大事なことじゃけえ、くり返すけど、
「どんな考えを持ってもよい、何を言ってもよい」と自分に許可してあげられる場所に行くんじゃ。
さて、次じゃ。
今度は、自分を苦しめる思い込みを、洗い出していくんじゃ。
・何をしてるときに、つらくなったり、ストレスを感じるじゃろうか?
・なぜそれで、つらくなるんじゃろうか?
・かたよった思い込みがあるんじゃないか?
・その思い込みは、ほんとうに、自分が納得できるものじゃろうか?
・その思い込みが生まれた原因で、すぐ思い浮かぶものは?
こんなことを、リラックスできる場所で、調べていくんじゃ。
これをやりよるときは、体の感覚にも、気をつけるとええよ。
自分を苦しくさせる思い込みに近づいたら、体が重く感じたり、固くなったりする。
これが思い込みに気づくヒントになるけえ。
これをやると、ほんと、たくさんのことに気づけるんじゃ。
自分が知らなかった自分に出会えるけえね。
一度、思い込みを発見できたら、日常生活でも気づけるようになるよ。
「あっ、また自分は料理が苦手だと考えてたなあ」
という感じで。
そして、それに気づいたら、
「ほんとうにその思い込みって、正しいの?」と自分自身に言ってあげるとええんじゃ。
こうやって、マイナスの思い込みをくずしていくと、おもしろいことが起きる。
人によっては、小さいころに料理を楽しんだ記憶を、思い出せることもあるんよ。
マイナスの思い込みは、自分の実力を、極端に小さく見せるもの。
過去に達成できたことを、忘れさせたりするけえね。
しかも、こういう思い込みのせいで苦しくなっとるケースって、ものすごく多いんじゃ。
逆にいえば、なにか苦しい気持ちになったら、
「かたよった思い込みがあるんじゃないか?」
と確かめてみてもええほどじゃ。
何回もくり返すけど
自分が苦しくなるような思い込みを見つけたら、
「本当にそうかな?根拠はあるの?」
と自分に問うてみるとええ。
ほとんどの場合、論理的な根拠なんて無い、ただの思い込みなんじゃ。
その多くは「小さい頃、親にそう言われたから」「友だちがそう言ったから」という程度のことじゃ。
この「親がそう言ったから、友だちがそう言ったから」というのは、ただの過去の出来事じゃ。
過去にそう言われたからといって、あなたが本当に料理が苦手だったり、異性に人気がなかったりするわけじゃない。
ただ、「自分は料理が苦手」「異性に人気がない」というフィルターで、自分を見てしまうくせがついとるんじゃ。
だから苦しくなるんじゃ。
わしにも、そういう思い込み(フィルター)はある。
まだまだ気づいてない思い込みも、たくさんあるじゃろう。
でも、1つ思い込みを外すことができたら、次の思い込みを外すのが簡単になるんじゃ。
思い込みを外すこと自体に慣れるけえね。
苦しくなるような思い込みは、外せば外すほど、楽になるけえ。
料理が苦手だった人も、その苦手意識がなくなれば、余計なストレス無しで料理できるんよ。
そうやって、苦しみを減らして、幸せを増やしていけたらいいよね。
じゃあ、逆に、プラスの思い込みについても、考えてみたい。
もし「自分は幸せな人生を送れる」というプラスの思い込みを持ってるとしたら、それも根拠が無いということになるんじゃろうか?
わしは、そうは思わんのんじゃ。
だって、わし自身、幸せなことが大好きじゃし、わしの周りは、支えてくれる人でいっぱいじゃ。
もしも小さい頃に「幸せにはなれないよ」と誰かに言われても、そんな一言よりも、
今、幸せが好きな自分がいて、まわりに助けてくれる人がいる事実の方が、よっぽど根拠があるんじゃ。
そうやって、ほんとうに自分が納得できる根拠を、つかんでいけばええんよ。
もしお友だちが苦しんどったら、思い込みを外すお手伝いをしてあげられると、すてきじゃね。
お友だちが話すのを、否定せずに聞いてあげるだけでも、気づきが起こるけえ。
話を聞いてくれる味方がいれば、なかなか外れんような強い思い込みすら、外れる可能性が生まれるよ。
そして、お互いに思い込みを外しあえる人間関係を広げていけたら、最高じゃ。
どんどん苦しみがへって、幸せが増えるけえ。
そういう意味では、これは、みんなで幸せになることができる方法の1つじゃね。
長くなったね。
ここまで読んでくれて、ありがとう。
最後に。
わしは、苦手なことがあるのは、悪いことじゃないと思う。
すごく完璧に見える人でも、もし苦手なことがあったら、それがその人のチャーミングポイントになるけえ。
でも、苦手なことがあるせいで、とても苦しい思いをしているとしたら、つらいよね。
もしかしたら、あなたのその苦しさが楽になるんじゃないか、と思って、この文章を書いたんじゃ。
いっしょに幸せを増やしていこうね。
今日のテーマは、「思い込みを外して、幸せを増やす」ということです。
読んで字のとおり、思い込みを外すと、幸せが増えるんじゃ。
それはどういうこと? と思う人もあるじゃろう。
たとえば、「私は料理が苦手だ」という思い込みを持っていたとするね。
すると、料理が苦手だと思い込んでるから、ますます料理をしなくなる。
→ますます料理の腕がにぶる
→さらに料理が苦手になる・・・
という、悪循環をくり返すことになるんじゃ。
そして最終的に、「私は料理が苦手だ」という思い込みを、実現してしまうんよ。
これは苦しいと思うんじゃ。
料理をする場面に出会うたびに、つらい思いをするけえ。
でもほんとは、そんな思い込みを外して、料理を楽しめたら、すぐに上手になったりするもんなんじゃ。
料理だけじゃなくて、いろんな思い込みがある。
「歌がへただ」
「運動おんちだ」
「異性に人気がない」
「人と話すのが苦手だ」
「他人のお世話をしないといけない」
「親より幸せになってはいけない」
「金持ちになってはいけない」
「人生を楽しんではいけない」
「安定した人生を求めないといけない」
「怒ってはいけない」
「泣くのをガマンしないといけない」
などなど。
ほかにも、色んな思い込みがあるじゃろうね。
その多くが、人生のどこかでたまたま思い込んでしまっただけ。
よく考えてみると、ちゃんとした根拠は無かったりするんじゃ。
この現象をうまく言いあらわした話がある。
それは、ゾウさんじゃ。
耳が大きくて鼻が長いゾウさん。
ゾウを飼っている人が、まだゾウが小さいときに、杭にロープでその子ゾウつないだんじゃ。
まだ子ゾウじゃけえ、ゾウは杭を引き抜くことはできない。
そこで子ゾウは、「自分はこの杭を引き抜けない」と思い込んでしまったんじゃ。
その後、ゾウは成長して大きく大きくなった。
杭なんてすぐに引っこ抜けるくらいに成長したんじゃ。
でも、じゃ。
その大人になったゾウは、「自分はこの杭を引き抜けない」と思い込んどるから、
つながれたまま、おとなしくしとるそうじゃ。
どうじゃろうか。
この、不自由なままでいるゾウ。
まるで、料理が苦手だと思い込んどる人のようじゃろう?
さて。
このゾウの話はこれでおしまいなんじゃけど、わしはさらに考えてみた。
じゃあ、このゾウさんはどうすれば杭を引き抜いて、自由になれるじゃろうか?
わしが考えた答えをいくつか書くね。
1つめは、
・他のゾウが杭を引き抜くのを見て、「自分にも杭が引き抜ける」ことを知る。
→ あいつができるんだったら、自分もできるんじゃないか、ということじゃね。
2つめは、
・友だちのゾウから「お前、なんでそんな小さな杭につながれてるんだ? もう引き抜けるんじゃないか? ためしに引っぱってみろよ」と声をかけてもらう。
→ 友だちは、ときどき、こういうことを気づかせてくれるけえね。
3つめは、
・鏡を見てみる。そして「カンタンに引き抜けるはずの小さな杭に、おとなしくつながれている自分」に気づく。
→ これは、自分の実力を正確に知る、ということじゃね。
自分を過小評価しない、ということ。
こんなところじゃ。
じゃあ、ゾウさんじゃなくて、わたしたち人間だったらどうじゃろうか?
あなた自身の思い込みは、どうやったら外せるじゃろうか?
わしらはゾウさんじゃないし、杭とロープは目に見えるけど、
思い込みは目に見えんけえ、むずかしいよね。
でも、思い込みを外すのは、不可能じゃないけえ。
わし自身が、思い込みを外してきて、大事だと感じたポイントをおしえるけえね。
とゆうても、ポイントはカンタンじゃ。
それは、
「安心できて、リラックスできる場所をもつ」
ということじゃ。
ちがう言葉でいえば、「どんな考えを持ってもよい、何を言ってもよい」と自分に許可してあげること。
そうすれば、自由に考えられるけえ、
「今、なんか苦しいけど、かたよった思い込みがあるんじゃないか?」と、気づける。
「本当にこの思い込みって、正しいんだろうか?」ということも、考えられる。
ちょっと、分かりにくいかな?
もっと具体的にいうとじゃね。
まずは、当然じゃけど、マイナスの思い込みを押し付ける人から、はなれよう。
「お前は料理が苦手だな」とか言ってくる人がおれば、とりあえず、はなれるんじゃ。
そういう人がすぐ近くにおったら、「本当は、自分は料理が得意かもしれん」なんて、なかなか考えられんけえね。
そして、リラックスできる場所に行こう。
もしくは、信頼できる人に話を聞いてもらうのも、すごくええよ。
大事なことじゃけえ、くり返すけど、
「どんな考えを持ってもよい、何を言ってもよい」と自分に許可してあげられる場所に行くんじゃ。
さて、次じゃ。
今度は、自分を苦しめる思い込みを、洗い出していくんじゃ。
・何をしてるときに、つらくなったり、ストレスを感じるじゃろうか?
・なぜそれで、つらくなるんじゃろうか?
・かたよった思い込みがあるんじゃないか?
・その思い込みは、ほんとうに、自分が納得できるものじゃろうか?
・その思い込みが生まれた原因で、すぐ思い浮かぶものは?
こんなことを、リラックスできる場所で、調べていくんじゃ。
これをやりよるときは、体の感覚にも、気をつけるとええよ。
自分を苦しくさせる思い込みに近づいたら、体が重く感じたり、固くなったりする。
これが思い込みに気づくヒントになるけえ。
これをやると、ほんと、たくさんのことに気づけるんじゃ。
自分が知らなかった自分に出会えるけえね。
一度、思い込みを発見できたら、日常生活でも気づけるようになるよ。
「あっ、また自分は料理が苦手だと考えてたなあ」
という感じで。
そして、それに気づいたら、
「ほんとうにその思い込みって、正しいの?」と自分自身に言ってあげるとええんじゃ。
こうやって、マイナスの思い込みをくずしていくと、おもしろいことが起きる。
人によっては、小さいころに料理を楽しんだ記憶を、思い出せることもあるんよ。
マイナスの思い込みは、自分の実力を、極端に小さく見せるもの。
過去に達成できたことを、忘れさせたりするけえね。
しかも、こういう思い込みのせいで苦しくなっとるケースって、ものすごく多いんじゃ。
逆にいえば、なにか苦しい気持ちになったら、
「かたよった思い込みがあるんじゃないか?」
と確かめてみてもええほどじゃ。
何回もくり返すけど
自分が苦しくなるような思い込みを見つけたら、
「本当にそうかな?根拠はあるの?」
と自分に問うてみるとええ。
ほとんどの場合、論理的な根拠なんて無い、ただの思い込みなんじゃ。
その多くは「小さい頃、親にそう言われたから」「友だちがそう言ったから」という程度のことじゃ。
この「親がそう言ったから、友だちがそう言ったから」というのは、ただの過去の出来事じゃ。
過去にそう言われたからといって、あなたが本当に料理が苦手だったり、異性に人気がなかったりするわけじゃない。
ただ、「自分は料理が苦手」「異性に人気がない」というフィルターで、自分を見てしまうくせがついとるんじゃ。
だから苦しくなるんじゃ。
わしにも、そういう思い込み(フィルター)はある。
まだまだ気づいてない思い込みも、たくさんあるじゃろう。
でも、1つ思い込みを外すことができたら、次の思い込みを外すのが簡単になるんじゃ。
思い込みを外すこと自体に慣れるけえね。
苦しくなるような思い込みは、外せば外すほど、楽になるけえ。
料理が苦手だった人も、その苦手意識がなくなれば、余計なストレス無しで料理できるんよ。
そうやって、苦しみを減らして、幸せを増やしていけたらいいよね。
じゃあ、逆に、プラスの思い込みについても、考えてみたい。
もし「自分は幸せな人生を送れる」というプラスの思い込みを持ってるとしたら、それも根拠が無いということになるんじゃろうか?
わしは、そうは思わんのんじゃ。
だって、わし自身、幸せなことが大好きじゃし、わしの周りは、支えてくれる人でいっぱいじゃ。
もしも小さい頃に「幸せにはなれないよ」と誰かに言われても、そんな一言よりも、
今、幸せが好きな自分がいて、まわりに助けてくれる人がいる事実の方が、よっぽど根拠があるんじゃ。
そうやって、ほんとうに自分が納得できる根拠を、つかんでいけばええんよ。
もしお友だちが苦しんどったら、思い込みを外すお手伝いをしてあげられると、すてきじゃね。
お友だちが話すのを、否定せずに聞いてあげるだけでも、気づきが起こるけえ。
話を聞いてくれる味方がいれば、なかなか外れんような強い思い込みすら、外れる可能性が生まれるよ。
そして、お互いに思い込みを外しあえる人間関係を広げていけたら、最高じゃ。
どんどん苦しみがへって、幸せが増えるけえ。
そういう意味では、これは、みんなで幸せになることができる方法の1つじゃね。
長くなったね。
ここまで読んでくれて、ありがとう。
最後に。
わしは、苦手なことがあるのは、悪いことじゃないと思う。
すごく完璧に見える人でも、もし苦手なことがあったら、それがその人のチャーミングポイントになるけえ。
でも、苦手なことがあるせいで、とても苦しい思いをしているとしたら、つらいよね。
もしかしたら、あなたのその苦しさが楽になるんじゃないか、と思って、この文章を書いたんじゃ。
いっしょに幸せを増やしていこうね。
2014年8月15日金曜日
大事な人が亡くなった方へ・・・悲しみを癒す
こんにちは、光雲です。
わしはお坊さんじゃけえ、この夏、いくつかお盆参りさせてもらったんじゃ。
今日は、大事な人が亡くなった悲しみについて、書こうかな。
いきなりじゃが、わしも、おととし、父を亡くしたんじゃ。
わが父・正男は、わしにとって、本当に大事な存在じゃった。
父はわしを「皇室に嫁に出しても恥ずかしくない、自慢の娘」といつも言うとった。
毎日のように、うちの娘は世界一じゃ、とゆうてくれて、
しかもそれは、本気じゃった。
たまらん、という感じで、ため息とともに言いよったもんじゃ。
こうも言うとった。
「美人なだけならどこにでもおる。うちの娘は、美人で、しかも品がある。
品というものは、そうそう、あるもんじゃない。」
日本人ばなれした、愛し方じゃった。
本当にわしを愛してくれた、偉大な父じゃ。
そんな父が、おととし、死んでしもうたんじゃ。
わしがアメリカに行って、すぐのことじゃった。
母からそのことを電話で聞いて、心底、ショックをうけたんじゃ。
父とは、仲が良かったほうじゃと思うけど、親子だから、けんかしたこともあった。
自由奔放だった父は、時に家族をこまらせることもあり、
こまりにこまって、父に「大嫌い」と言ったことがあった。
そのことが、頭をぐるぐると回り、もう一度父に会って、とても愛していたよと言いたかった。
そして、いつもの何気ない父の声「おう、ゆうこか」という声が、どうしても聞きたかった。
後を追ったら会えるんじゃろうか、とまで思ったりした。
そのときは、アメリカの大学院の寮に住んでいて、
小さな仏さまをまつってある部屋があり、
そこに突っ伏して、何度も泣いた。
なんで、わたしを待ってくれんかったのか。
父は、わたしの結婚式のときも、身体を壊して、来ることができなかった。
どうして肝心なときに、いつもいっしょにいれないんだろう。
父に対して、怒りまでおぼえた。
それから数ヶ月は、子どもを前に泣くこともできず、
日常は不思議なくらいに、父がいなくても流れていく、
わたしも、顔だけは笑いながら、するべきことをこなす。
でも本当は、体の一部が無くなったようで、片腕が無い。
それなのに、治しもせずに生きている、変な感じ。
この頃を思い出すと、出口の無い、長い長いトンネルをあるいていたような気がする。
そのときから2年たち、わたしがどうやって立ち直ったのかなあ、と考えてみる。
そのとき1番しあわせだったことは、バークレー仏教会のデビット松本先生が、
「すぐにお葬式をしましょう」と言ってくださったことじゃ。
アメリカでお葬式をされるとは、父もおどろいたと思うが、
友人と娘たちと、ごく少数で御葬式をしてもらった。
そのとき、わたしは、嗚咽をあげて、おもいっきり泣いた。
先生にも、わたしの父に対する後悔の話を、聞いてもらった。
行ったばかりにもかかわらず、たくさんの新しい友人にかこまれて、みんなが優しくしてくださった。
そしてわたしは、父に対する悲しみを、何度も何度もくりかえし、色んな人に語った。
ちょうど機会があったので、何度か、法話にもさせてもらった。
この、くりかえし悲しみを語る、ということで、思いがけず初対面の人やさまざまな人から、やさしい言葉をもらったり、みなさんの悲しかった両親との別れなどを聞かせてもらった。
それはまるで父が引き合わせてくれたようで、
話していくプロセスの中で、わたしはたくさんのプレゼントをもらうようじゃった。
話をすることで、少しずつ、父のいない世界に慣れていったように思う。
大事なことは、このときに、色んな人の口を通して、さらに
父がいかにわたしを愛してくれたのか、ということを実感できたこと。
父は、死んでもなお、わたしにたくさんのプレゼントを与えつづけてくれるのだなあ、と思えたんよ。
いつも広島にいて、離れて暮らしていた父だけれども、
今は、父がいつもとなりにいてくれると自然に思うようになったけえ。
一日に一回は、父に話しかけたりして。
とくに、自信がないときに、
「お父さん、最後までやりとげれるかねえ。できるじゃろうか、わたしに。」
と言うと、父は、
「あんただったら、必ずできる。ゆうこはやりとげる。」
と、答えてくれるんじゃ。
だからわたしは、悲しみのトンネルから抜けるには、
くり返しくり返し、悲しみを語ることが大事だと思う。
そのことを通して、自分がいかに深い愛と恩を受けているかを実感して、
それはさらに力強く生きていく力になるけえ。
わたしはお参りに行かせてもらうときは、お葬式、月参りと、
悲しいお気持ちをずっと聞かせてもらいます。
悲しくてやりきれないときは、連絡をいただいて、話を聞きにうかがって。
同じ話になってもいいので、何度も聞かせてもらいたいと思うんじゃ。
どうか、もしも聞く側の人がおられたら、
けっして「それはもう、前に聞いたよ」と言わずに、
最後まで何度も聞いてもらいたいと思います。
悲しむということは、とても大事な気持ちのプロセスじゃけえ。
無理に「早く立ち直らなくては」とか、「忘れてがんばらなくては」と思わず、
悲しいわたしを、大事にしてあげてください。
信頼できる人に、何度も、悲しみを語ってください。
受けとめてもらうことで、
さらに、亡くなった方からの愛情やご恩に気づいていくことができるけえ。
悲しみは、何度も話すことで、昇華されていくけえ。
でも、こういう悲しみを人に話せず、
心にかかえたまま生きている人が、実はたくさんいるんじゃ。
顔では笑っていても、その悲しみだけは整理できずに。
今回の話は、そんな悲しみを持つ人たちと、共有できたらいいよね。
少しでも、その人たちの悲しみが昇華されて、楽になるのを願っとるよ。
わしはお坊さんじゃけえ、この夏、いくつかお盆参りさせてもらったんじゃ。
今日は、大事な人が亡くなった悲しみについて、書こうかな。
いきなりじゃが、わしも、おととし、父を亡くしたんじゃ。
わが父・正男は、わしにとって、本当に大事な存在じゃった。
父はわしを「皇室に嫁に出しても恥ずかしくない、自慢の娘」といつも言うとった。
毎日のように、うちの娘は世界一じゃ、とゆうてくれて、
しかもそれは、本気じゃった。
たまらん、という感じで、ため息とともに言いよったもんじゃ。
こうも言うとった。
「美人なだけならどこにでもおる。うちの娘は、美人で、しかも品がある。
品というものは、そうそう、あるもんじゃない。」
日本人ばなれした、愛し方じゃった。
本当にわしを愛してくれた、偉大な父じゃ。
そんな父が、おととし、死んでしもうたんじゃ。
わしがアメリカに行って、すぐのことじゃった。
母からそのことを電話で聞いて、心底、ショックをうけたんじゃ。
父とは、仲が良かったほうじゃと思うけど、親子だから、けんかしたこともあった。
自由奔放だった父は、時に家族をこまらせることもあり、
こまりにこまって、父に「大嫌い」と言ったことがあった。
そのことが、頭をぐるぐると回り、もう一度父に会って、とても愛していたよと言いたかった。
そして、いつもの何気ない父の声「おう、ゆうこか」という声が、どうしても聞きたかった。
後を追ったら会えるんじゃろうか、とまで思ったりした。
そのときは、アメリカの大学院の寮に住んでいて、
小さな仏さまをまつってある部屋があり、
そこに突っ伏して、何度も泣いた。
なんで、わたしを待ってくれんかったのか。
父は、わたしの結婚式のときも、身体を壊して、来ることができなかった。
どうして肝心なときに、いつもいっしょにいれないんだろう。
父に対して、怒りまでおぼえた。
それから数ヶ月は、子どもを前に泣くこともできず、
日常は不思議なくらいに、父がいなくても流れていく、
わたしも、顔だけは笑いながら、するべきことをこなす。
でも本当は、体の一部が無くなったようで、片腕が無い。
それなのに、治しもせずに生きている、変な感じ。
この頃を思い出すと、出口の無い、長い長いトンネルをあるいていたような気がする。
そのときから2年たち、わたしがどうやって立ち直ったのかなあ、と考えてみる。
そのとき1番しあわせだったことは、バークレー仏教会のデビット松本先生が、
「すぐにお葬式をしましょう」と言ってくださったことじゃ。
アメリカでお葬式をされるとは、父もおどろいたと思うが、
友人と娘たちと、ごく少数で御葬式をしてもらった。
そのとき、わたしは、嗚咽をあげて、おもいっきり泣いた。
先生にも、わたしの父に対する後悔の話を、聞いてもらった。
行ったばかりにもかかわらず、たくさんの新しい友人にかこまれて、みんなが優しくしてくださった。
そしてわたしは、父に対する悲しみを、何度も何度もくりかえし、色んな人に語った。
ちょうど機会があったので、何度か、法話にもさせてもらった。
この、くりかえし悲しみを語る、ということで、思いがけず初対面の人やさまざまな人から、やさしい言葉をもらったり、みなさんの悲しかった両親との別れなどを聞かせてもらった。
それはまるで父が引き合わせてくれたようで、
話していくプロセスの中で、わたしはたくさんのプレゼントをもらうようじゃった。
話をすることで、少しずつ、父のいない世界に慣れていったように思う。
大事なことは、このときに、色んな人の口を通して、さらに
父がいかにわたしを愛してくれたのか、ということを実感できたこと。
父は、死んでもなお、わたしにたくさんのプレゼントを与えつづけてくれるのだなあ、と思えたんよ。
いつも広島にいて、離れて暮らしていた父だけれども、
今は、父がいつもとなりにいてくれると自然に思うようになったけえ。
一日に一回は、父に話しかけたりして。
とくに、自信がないときに、
「お父さん、最後までやりとげれるかねえ。できるじゃろうか、わたしに。」
と言うと、父は、
「あんただったら、必ずできる。ゆうこはやりとげる。」
と、答えてくれるんじゃ。
だからわたしは、悲しみのトンネルから抜けるには、
くり返しくり返し、悲しみを語ることが大事だと思う。
そのことを通して、自分がいかに深い愛と恩を受けているかを実感して、
それはさらに力強く生きていく力になるけえ。
わたしはお参りに行かせてもらうときは、お葬式、月参りと、
悲しいお気持ちをずっと聞かせてもらいます。
悲しくてやりきれないときは、連絡をいただいて、話を聞きにうかがって。
同じ話になってもいいので、何度も聞かせてもらいたいと思うんじゃ。
どうか、もしも聞く側の人がおられたら、
けっして「それはもう、前に聞いたよ」と言わずに、
最後まで何度も聞いてもらいたいと思います。
悲しむということは、とても大事な気持ちのプロセスじゃけえ。
無理に「早く立ち直らなくては」とか、「忘れてがんばらなくては」と思わず、
悲しいわたしを、大事にしてあげてください。
信頼できる人に、何度も、悲しみを語ってください。
受けとめてもらうことで、
さらに、亡くなった方からの愛情やご恩に気づいていくことができるけえ。
悲しみは、何度も話すことで、昇華されていくけえ。
でも、こういう悲しみを人に話せず、
心にかかえたまま生きている人が、実はたくさんいるんじゃ。
顔では笑っていても、その悲しみだけは整理できずに。
今回の話は、そんな悲しみを持つ人たちと、共有できたらいいよね。
少しでも、その人たちの悲しみが昇華されて、楽になるのを願っとるよ。
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