2012年4月8日日曜日

東日本大震災から1年後、仙台へ。


 
 
 
宮城県仙台市青葉区、2012年3月

 
 
今回の仙台の個展は不思議なご縁ではじまりました。
 
 

2011年11月に、わたしのホームページを見てくださった、

仙台での被災者の平野さんが、

 
 「光雲先生の絵を見て、詩を読んでいると、涙がとまりません。

 とても元気が出ました。ありがとうございました。」

 
と、喜んでくださったのです。

 
 
 
わたしにとって、これほどうれしい言葉はありませんでした。



今回の震災は、わたしにとっても、大きな出来事でした。

42年生きてきて、報道などで大きな津波を見たとき、

人生がくつがえされる思いがしました。




まさに、仏さまからいつも教えられている「無常」をきかせていただきました。




「無常」とは、人生に常であるということはない。

形あるものは必ずほろびるし、

私達の命はいつなくなるか分からない、ということです。




 いつ果てるともしれない命。


わたしは貴重な命を本当に大事にして、命を生き切っているだろうか?

と問い直す機会となりました。



そして、わたしの人生においても多くの決意と変化がありました。

大地は海底からのエネルギーによってゆさぶられ、

生命のひとつである私にも大きな影響をあたえたのです。



だから、わたしも何かをして関わりたい、

少しでもお声をかけたい、という気持ちでいっぱいでした。



一方で、しかしあまりにも悲惨な状況の中で

本当に私は何か役に立つことができるのだろうか?

とも思いました。



そんな中で、絵を見ただけで元気が出たという言葉は、

わたしにとって最高の言葉でした。



平野さんは、仕事の都合で京都に来られ、

その時わざわざ、大津のわたしの家まで絵を見に来てくださったのでした。



わたしの家でひとつずつ絵をひろげて見ながら、涙をこぼされます。



「そんなに言ってくださるならば、仙台で個展をしましょうか?」

わたしの口から、すぐにそんな言葉が出ました。


行く、ということが当然のことに思えたのです。


平野さんはとても喜んでくださり、個展が決定したのです。




 
 
 
 






年が明けてからは、うれしいハプニングが。


地元・滋賀県大津で素晴らしい腕前、ゴットハンドとして有名な

平元さんという、アロママッサージ師の方のサロンへ行った時のことです。


彼女は比良山のふもとの森で、素敵なサロンをもってらっしゃいます。



ひごろの疲れを洗いながすようなゆったりした時間の最後に、

軽く、仙台に個展をしに行くことを告げました。


すると平元さんは言いました。


「わたしも何かしたい、と思っていました。

 個展会場で、ハンドマッサージをさせてもらってもいいでしょうか」


なんと、ギャラリー開催中にマッサージをしに来てくださることに。




1秒で決意をきめた仙台個展でしたが、準備はなかなか大変でした。



6日間のギャラリー期間中に、絵のほかにもやりたいことがあります。

アートセラピーという絵を作るセラピーで、みなさんの心を癒やしたい。

そして最終日には、やさしい仏教のお話(法話)をしたい。




まず絵を20点ほど梱包しました。

アートセラピーで使う大量の雑誌も、3つのダンボールに入れて。

はさみ、のり、色えんぴつなどの画材10名分。

それに、法話の教材。僧侶の服(袈裟・けさ)も入れました。




みなさんに少しでもホッとしていただけるよう、

いつも私が愛飲しているジャンナッツ社のキャラメルティーを10箱。


飲む方の負担にならないよう、小さい紙コップを300購入。


着る服も、ギャラリーに来た方に喜んでもらえるよう、着物を2着入れました。

母にもらった紺色の着物と、ベージュの葉の柄のもの。




落ち度のないようにしっかり準備し、

たくさんの荷物を仙台に送りました。




難しかったのは、今回のギャラリー「メリラボ」に行ったことがないことです。



どんな雰囲気なのか? 

どんな配置で絵を飾れるのか? 


メリラボの方に電話でお聞きして、ホームページの店内図を見てイメージしますが、

出たとこ勝負になるのは仕方ない。



しかも知り合いもほとんどいない仙台。

お客さまは平野さんだけかもしれない。



まあ、いいか。

平野さん一人のために個展、アートセラピー、法話をしよう。






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とうとう出発の日(ギャラリー1日目)。








まだ暗い朝の5:30、滋賀の自宅を出ます。


電車に乗っていると、だんだん空がオレンジ色になってきました。

朝焼けの琵琶湖はとてもきれいです。





京都駅から新幹線に乗り、東京駅で乗り換え。







はじめての東北新幹線。


飛行機のように椅子に雑誌が入っているのが新鮮です。

東京から1時間半ほどですが、美しい山脈が目を楽しませてくれます。


 

10時半、仙台駅についたら、

平野さんが仕事をやりくりして迎えに来てくださいました。



うれしくなってギュッとハグ!



お茶をのみながら、平野さんの被災された時の話をあらためて、うかがいました。








仙台空港近くにあった家を流され、

津波から追いかけられながら、必死で逃げられた平野さん。



震災にあった日、そして避難所ですごした日々は本当につらかった、と言われます。



集団で幼稚園児が逃れてきて、親御さんが迎えに来られるまで、

園児達がかわいそうでならなかったこと。



流されてしまった愛車を探すために、死体をまたぐようにしなければ、

先へ進めなかったこと。




平野さんは


「夜になると、被災された方の声が聞こえてきて、アパートで一人では眠れない」


と言われます。



目の前に美しい海が広がる住んでいた場所に帰りたい。

その前に立っているだけで、心が癒えたなつかしい景色の前に戻りたい。

でも、それは許されない。



いまでも近くまで行って、何時間でもそこにただずみ続ける。

何時間でもそこに座って昔を思い、ぼーっとできるのです。

と、言われました。



平野さんの手をにぎって、泣きながら話されるのを聞かせてもらいました。

それだけでも、今回、来させてもらってよかった、と思いました。














それから、個展を行うギャラリーへ向かいました。



初めて来た仙台の町並みは、あまりに都会だったのでびっくりしました。


震災でこわれてしまった建物が新しくなったので、

もともとよりも都会になったそうです。



JR仙台駅周辺にいる限りでは、

震災のあとは、どこにも見ることはできません。





個展を行うギャラリーへ向かいました。


JR仙台駅から車で5分ほどのところに、今回のギャラリー「メリラボ」はあります。





ついてびっくり。




予想していたよりも遥かにおしゃれで素敵なお店です。


真っ白を基調にエメラルドグリーンの扉。

大きな道に面していて、人通りも多い。


ちょうど四つ角の信号の目の前にギャラリーはあります。




 
 


 


お店の奥には、手作りの可愛い雑貨がところせまし、とたくさん並んでいます。




イニシャルと鳩をあしらった可愛いペンダントを発見!

娘たちのおみやげにさっそく買いました。




ギャラリースペースは2つあり、わたしのお隣の部屋では、

古着やお菓子などが売られていました。



発酵バターを使った可愛いお魚のクッキーもありました。

目が小さなアラザンで銀色に光っていて、イカス!




さあ、さっそく絵や道具を搬入します。



絵を梱包からはずし、どう置くかを決めるのが一番大事。

通りからみて、目をひくような配置にすること。




 



 
 



搬入終了。

真っ白い壁に絵が映えます。









 
 
 

 
道ゆく人も絵を見られるよう、窓際に外向けに小さい作品をずらりと。

これは貝殻でつくったカラフルな額に、コラージュしたもの。




中央には大きなテーブルとイスをおいて、

座ってキャラメルティをのみながら、絵を楽しめるように。








入り口には「カラフルストーン」の絵をつかったポスターを貼ります。











たくさんの人にギャラリーを楽しんでもらいたいと

絵を使った缶バッジに案内を入れたものを

無料プレゼントとして入り口に置きました。





搬入中から、けっこうお客さんが入ってくれました。

急いで、キャラメルティと平野さんにもらった小さな黒糖饅頭をお渡ししました。




通りすがりの方たちが

「明るい絵が見えたので、きれいだなーっとおもって」

とみなさん、入ってきてくださいました。





中でも一番うれしかったのは、

東北大学の事務員さんが来てくださった時のことです。


「自転車で通っていて、絵が目についたので」


と言って入って来られました。


 
ずいぶん長いことゆっくり見られて、

イスに座って熱心に、今まで描いた絵のファイルを見てくださっています。



声をかけてお話したら、

 「奇跡」と「ロイヤルミルクティ」の絵がすき、と言われました。



そして、


「最近仕事が忙しくて、心に余裕がなくなっていたんです。

大学はこの時期が一番忙しくて。がんばっても仕事がまわっていかなくって。

でも、なんだか、この絵たちを見ていたら、

明日からやっていけそうな気持ちになりました。ありがとうございます」



こちらのほうこそ、ありがとうございます(泣)。

滋賀県から出てきて本当によかったです。



土曜日にアートセラピーの集いがあるとお話ししたら、

さっそく申し込んでくださいました。



そうしている間にも外の缶バッジはどんどんなくなっていきました。


 いただいた黒糖饅頭がとっても美味しく、

メリラボのスタッフの方にお分けしました。


 一週間よろしくおねがいします。




19.00で終了。やっとホテルで休めます。

 


ホテルで休んでいたら、震度5の地震が!



 
被災者の方は、日頃からこんなに地震があるのでは、

そのたびにつらい思いがよびおこされて大変な思いをされるだろうな、

と感じました。

 
 

 

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仙台のギャラリー2日目です。




お昼に目についたのが大きなメディアテークというビル。


その横にあったのが、「サマルカンド」というカフェです。

このとき目をとめたことが、この旅のご縁をひろげました。

 

二階の奥まった店内に入るのに、ためらいましたが、

入り口に私の好きな谷川俊太郎の講演会の案内があったことから、

思いきって入ることにしました。






 

長い白髪をみつあみにされ、ゆったりと微笑むお店のお母さんが印象的でした。



お店にはお客さまがいっぱいで、

美味しそうなカレーの香りがたちこめていました。



ここの自慢のポークカレーを頼み、ちょうど食べだしたところで、ケータイがなりました。

わたしの友人である陶芸家・名和章さんのお友達、伊澤さんが

ギャラリーにこられて、わざわざお電話くださったのです。

 

サマルカンドさんには「すぐもどります」と告げて

いそいでギャラリーに向かいました。



伊澤さんは、華道の先生をされている、美しい初老のご婦人でした。

娘さんと、お孫さんもつれておられます。


絵を見てとても感動してくださったようでした。

 

「本当にすばらしいです。色彩が鮮やかで心が明るくなります。

 添えられている詩もすばらしいですね」


と、おっしゃってくださり、面映い気持ちでした。


今回の個展をする経過や、どんな気持ちで描いているか、などお話しました。



「すばらしいですね。

でも、ここまでたどりつく、絵描く境地になられたのは、

 大変な道のりがあったのではありませんか?」


と言っていただきました。



そこで、表現アートセラピーとの出会いを話し、

今回も土曜日にセラピーをすることをお話したら、

娘さんとお孫さんがその場で「是非うかがいます」と言ってくださったのです。



そして伊澤さんが


「ぜひ、この絵たちを本にしてください。

わたしはいつも傍らにおいて、眺めていたいですわ」


と、おっしゃってくださいました。

 





伊澤さんとお別れして、サマルカンドに戻りました。


お店の方が、親切にも


「もう一度、カレーを温めなおしましょう」


と言ってくださったのには、感激でした。




今近くで個展をしていることをお話すると、

「お店をぬけて、見にいきますね」

とおっしゃってくださいました。 





さいごにサマルカンドのお母さんがにこにこしながら、

真っ赤なりんごをくださいました。


 
「わたしの故郷は秋田なんですよ。姉がりんごを育ててましてね。

 りんごが実ったりんご園は、それはそれは、美しいのですよ」


と、おっとりと話してくださいました。
 

確かにおかあさん、秋田美人という感じです。



2日目も無事におわり、早くもプレゼントの缶バッチがなくなってきてしまいました。
 
どうしようかな。


ホテルに戻り、休みます。

明日もがんばるぞ。

 
 
 
 

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朝起きて、3日目。


ギャラリーに着いて、思いがけないものを目にしました。







なんと、知り合いのいない仙台で、誰からか、

かわいい祝いのお花が届けられていたのです。


しろくて可愛い鉢植えのお花です。







送り主を見ると、昨日お昼を食べにいったカフェ・サマルカンドさんからです。

食事に行っただけなのに・・・感激とともに3日目のスタートです。



中日で少し疲れも出ていますが、お花を見て元気100倍!

今日は紫のデニムにオレンジのシャツを着ました。



ギャラリーには、アロママッサージ師の平元さんが到着されていました。







ハンドマッサージができるように、机を組みなおして。

やわらかいタオルをかけると、たちまち、素敵なサロンのようになりました。


この日のために調合してくださったアロマがとてもいい香りです。




午後から、一回目の親子でアートセラピーの予約が入っています。

アートセラピーでは、好きな雑誌を切りぬいて、画用紙に貼ります。
(コラージュというやり方です)


その準備をはじめました。



今回のお客さんは、30代のママ、小学校3年生のお兄ちゃん。4歳の妹ちゃん。

だから、今回は雑誌に加えて、
名探偵コナンや、ポケットモンスター、ワンピース、ハム太郎などの漫画。

幼児雑誌なども用意しました。




 



いつもは最初にリラックスするために自力整体という体操をするのですが、

今日は子供のリラックスを考えて、宝探しごっこをしました。



 「さあ、ここにお姫さまのかんざしがあります。

 みんなが外に出ている間に、鬼さんはこれをそっとかくしてください。

 見つけた人は静かに座りましょう。」



子供たちはこれが大好きなのです。

かくすのも楽しい!

一番に見つけて座るのも、ほこらしい。




次に『心の天気』を描きました。

(心の天気では、色えんぴつをつかって、自分の気持ちを自由に描きます)


4歳の妹ちゃんも心の天気を理解して、のびのび描いています。

お母さんはくもり空から、光がさすかんじ。

テレやのお兄ちゃんは、とても繊細な雨ふりの絵を描いてくれました。

描いた心の天気の絵は、みんなギャラリーの好きなところに貼りました。




さて、いよいよコラージュです。

好きなページをさくさく切って、ぺたぺた貼っていきます。



こどもたちは、何度もお母さんに

「いつもはダメだけど、今日は切っていいの?」

と聞いていました。



妹ちゃんは楽しくさくさく。

お兄ちゃんはコラージュには、気持ちが乗らないみたい。


やりたくないのも、オッケーです。

やりたいようにすごしてもらいました。



お母さんは自然のなかでゆっくりしたようなリスさんが配置してある、

みどりいっぱいのコラージュができました。


 「なんだか、自然の中でのんびりしたいのかなあ」

と言われました。


せっかくなので、こどもちゃんはわたしと遊んで、

お母さんはアロマハンドマッサージを受けてもらいました。


すきな香りをえらんでもらって、とても気持ちよさそ。


そのあとで、子育ての悩みの話しを聞かせてもらいました。



2時間半でアートセラピーは終了。

 かたずけもおえて、一安心。





わたしも、マッサージをしてもらいました。気持ちいいー。




その後、近くの会社からたまたま郵便物を出しに来られた女性が、

興味深く絵を見てくださりました。



お茶をお出しすると、

 「絵が明るくていいですね」

としばらく座っていかれました。



アートセラピーと法話会の話をすると、

法話会にぜひ行きたい、といってくださいました。



 「仏教のお話は聞いてみたいけれど、どこで聞けるのかわからないんですよね。

 こういう企画うれしいです。」


と言ってくださいました。





5時になり、休憩をしに近くのカフェへ。

ギャラリーに来られた方におすすめしてもらったこの『センダイコーヒー』は、

色んなデザインのイスがたくさんあって、食事もおいしかったです。



ギャラリーにもどり、6時をまわったころに、

近所に住んでおられる千葉さんという方が来てくださいました。



 「今日は孫の子守がないので、リフレッシュしにきました」

といわれます。


 「本当に明るくでいいですねー、ぱっと明るくなりますね」

といわれながら、絵を見ておられます。



 『涙の木』という絵の前で立ちどまられて

「これがいまの私の心境です」

と、話をしてくださいました。




 「わたしの故郷は、気仙沼なのです。

 さいわいにも、わたしはいまは仙台の都心にいるので、

 家族は被災にはあいませんでしたが、叔母がなくなってしまいました。


 何日も探しに、いきましたけれど。


 結局、安置所で探しあてたのですが。

 顔を見てももちろん、判断できず。

 決め手となったのは、指輪でした。


 ほかにも大事な親友がなくなってしまいました。

 泣いても泣いても止まらないほどの涙がでてくるのです。

 主人は仕事のない日はボランティアで、

 岩手のほうまで足をのばして出かけています。


 向こうで、必ず、おみやげを買って帰ってきます。

 お金を被災地に落としていくことも大事だと主人はいうのです。


 こんなに涙が出るなんて思えないほど、泣いてきました。

 今でも泣けてきますが、泣いてばかりではいけないので。」


涙を目にためて、語ってくださいました。



せっかくなので、ハンドマッサージも受けていただいて。

とても、気持ちよいと喜んでいただきました。



千葉さんはその日から、3日つづけて来てくださいました。




夜はアロママッサージの平元さんと一緒に、

カフェ・サマルカンドに夕食を食べにいきました。


お花のお礼をいうと、


「明るくて、気分がよくなる絵ですね。

 搬出されるのがもったいない。

 うちのカフェにおいていかれませんか?」


といわれたのです。



 「!」



おどろきとうれしさで、動揺しました。


わたしは8月から交換留学でアメリカにいくことになっています。


一年間ずっと絵を倉庫に置いておくよりは、

みなさんに見てもらったほうがいいかもしれない。


でも、絵を管理してもらうことは、

サマルカンドさんにとって負担にならないだろうか‥。


すこし考えさせてもらうことにしました。







この夜サマルカンドでは、元気そうな若者4人が、いきいきと話し合っていました。

 店長の明良さんが

「紹介します。仙台でもっとも熱いメンバーです。」

と、いわれました。


吉川一利くん、畠山大くん、菅原優斗くんら3人です。


彼らは、仙台のボランティアとして、「笑顔カレンダー」というものを制作していました。


365日すべての誕生日の人を探して、

1日1日がその人の笑顔と目標や夢をのせた写真になっています。

みんなに笑顔になってもらうプロジェクトです。


これはすばらしい!


1000円のカレンダーは買うと義援金として使われることになっています。


さっそく2つ買って、ギャラリーにも飾らしてもらうことにしました。



 『笑顔カレンダー』のページ
http://www.egao-project.com/




夕食にはたくさんのごちそうをサービスしてもらいました。


さいごにサマルカンドのお母さんがまた、
秋田のお姉さんが育てたりんごをテーブルにもってきて、
クルクルとりんごをむいてくれました。


こうしてむいてもらっていると、
小さい時に母がむくのを心待ちにみていたことを思いだします。


サマルカンドのお母さんがむきながら、
パクッとご自分でも食べられるのがとても可愛らしかったです。


むきながら、お母さんはお店のことをいろいろと話してくださりました。


なんとカフェを経営されだしたのは、ここ3年ほどのことらしいのです。

それまでは、ご家族でキリスト教の教会をされていたそうなのです。


ということは!

これは、牧師さんの作られたカレー!


お母さんが、修道女のような清々しい空気を感じていたのは、わけがあったのです。



「いろんな事情があって、カフェをはじめたけれど、

 震災がきて、お店もめちゃくちゃになって、

 店をなんとか立ち直しても、まったくお客様がこないし

 本当にもうおしまいだ、と思いました。


 今、一年たってここまでこれて本当にうれしいです」


と言われました。







 息子さんの明良さんは


「つぎに震災がおこったら、このカレーが活躍できると思うんです。

  冷凍ができますし、保冷剤としてもつかえますから」


と、たくましい笑顔でおっしゃってくださいました。



でも震災のすぐあとは、あまりのショックで

8ヶ月何もできなくなってしまった、と言われていました。



肉体的なショックも大変なものだけれど、

精神的なショックが癒えるのはとても時間がかかるもので、

まだほとんど癒えていないものを感じました。





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仙台のギャラリー4日目です。


今日は、アートセラピーの予約もなく、

ゆっくりギャラリーに座れそうです。



着るのは、母親からもらった紺色の着物です。


帯留めに、蝶に桜の花を彫った、岐阜県高山の一刀彫のもの。

これはお友達の彫刻家の方にいただきました。



昨日きてくださった千葉さんが、

おまごさんのひなちゃんを連れて来てくれました。



 




ひなちゃんは、3歳。

ほっぺがぱんぱんに、おっこちそうにはっていて、すごく可愛いのです。


おばあちゃんがハンドマッサージをしたり、お話される間ずっと、

お絵かきしたり、家族ごっこを雑貨やのマスコットをつかって遊びました。



おばあちゃんの千葉さんが、


「ひなちゃんは小さくても、地震のことはよくおぼえていて、

今でも少しでも余震があると、走って抱きつきにくるんですよ。


でも、わたしが悲しくてやりきれず、泣いていると

『ひなが守ってあげるから、大丈夫だよ』

といってくれるんですよ」


と言われます。



そして、千葉さんは

「明日もギャラリーに来たいのですが、実家の気仙沼で、

 同窓会をかねた還暦のお祝いがあるんですよ。


 こんな時期だから、着物を着るのはよそうか、と思ったのだけど、

 美容院をしていたお友達が仕事がなくて困っているから、

 お金をおとしたくて、着付けをたのんだのですよ」



と言われてました。




帰り際に


「玄関に飾りたいので、絵を描いてくださいますか?


 涙の木の絵も好きだけど、明るくいきたいので、

『楽しいこと悲しいこと、全部すいこんでグングン育つ』

というテーマの絵のような木を描いてください。」


と言われました。



ひなちゃんがあまりに可愛くて、別れるのがつらいほどでしたが、

絵をもってにこにこ手をふりながら、おばあちゃんと帰っていきました。





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ギャラリー5日目。


今日は予定がいっぱいです。


朝7時から、平野さんが被災地の石巻方面へ車で連れていってくださいます。


お昼1時から、親子でアートセラピー、


3時半から、大人のアートセラピー。




平野さんが車で向かえに来てくださって、出発です。

石巻に向かって走りだすと、

最初は、すっかり元の様子に戻った景色に感じます。



でも実は、海から1キロは離れていると思われるのに、

そのあたりも、ビルの1階部分はすべて水に浸かってしまい、

みな、ビルの屋上に逃げたと言われます。



平野さんが
 

「このあたりのお友達は、震災の夜にどうすることもできず、

ビルの屋上で一日をすごした、と言ってました。


全て電気がおちてしまって、星だけがとても、きれいで。

でもその中で、助けて、助けてーという声が数人、聞こえたのだそうです。

でも、どうしてあげることもできなかった。


朝が近づくにつれてだんだんと、その声も、

一人、一人聞こえなくなっていって‥とても、辛い夜をすごしたのです。」



たまたま、ラジオから気仙沼のことをうたった、詩の朗読が流れてきました。



『・ ・ ・ ・ ・ ・ わが美しき故郷よ

受難の民よ

寡黙でかなしき魂よ


願う・・・この世は壮絶な苦しみでいっぱいだ

ずっとずっとそうだったんだ


祈る・・・今ここに自分が在るのはたまたまだ

たまたま助かっているだけだ


叫ぶ・・・でも、どこに?

どこに叫べばいいのか分からない


すべての希望を絶たれた人々。

全身全霊で助けあわなくてはいけないのだ。


そのために生かされている。

この世はずっとそうだったんだ。


遅い、遅い、いつでも遅すぎる。

こんなことになるまで

それを分からなかったわたしのおろかさを

どうかお許し下さい ・ ・ ・ ・ ・ ・ 』


(後で知ったことでは、これは畠山美由紀さんという

気仙沼出身の歌手の方が作られたものだそうです。


こちらのページに、この詩について書いてあります)

http://miyukihatakeyama.jugem.jp/?eid=16481






 

 






わたしは瓦礫を見ながらこの詩を聞いて、

本当に故郷を失う悲しみを痛いほど感じました。



平野さんも

「瓦礫の山をみながら聞くこの詩が、ずっしりと心にしみてきました」

と言れていました。



さらに走り、道の真ん中に、真っ赤で巨大な鯨の缶詰がごろん、

と落ちている場所もあります。


まだずいぶん、瓦礫が高く、高く積み上げられている場所も。


平野さんは

「今でも、行方不明の方が多いですから、

クレーン車で、瓦礫をつまみあげていると、白骨死体がでてくることがあるのです」

と言われます。



関西にいると、一年たって復興がずいぶん進んできているように思えますが、

実際はそうではありません。



阪神淡路大震災のときに関西、とくに神戸に大きな被害がありましたが、

その街並みが立ち直されていくのを見てきました。






しかし、こちらのような田舎では、

人が戻ってこない。店もなく暮らせていけない。



それで更地でなにもないのです。


瓦礫がとりはらわれたところでは、人がくらしていた気配もない。

荒涼としたさびしい土地がえんえんと続いていきます。


その中で、少し高台にある家が、ぽつんと残っていたりします。



 平野さんは


「この方たちもお気の毒なのです。

 場所的にぎりぎり難を逃れ、家がなんとか残られた方たちです。

 家は出ずにすんだけれど、家の中は震災でぐちゃぐちゃになっていて。


 大変な思いをされているのに、家があるために、

 支援物資をくばってもらえない。

ボランティアの方にも来ていただけない。


つらい思いをされています。」


といわれていました。





 石巻の門脇町には、波にさらわれた後に火災がおこって、

 校舎の半分が焼けて黒く変色している、痛々しい学校。








 津波で、公民館の二階の上にバスがのっていたところ(雄勝公民館)は、

 今はバスはおろされていました。


 海岸線の道ぞいは、はっきりと地盤が沈下していて、

 海面と同じくらい低くなっている様子もよく分かりました。





それから、生徒のほとんどが亡くなってしまった大川小学校へと向かいました。











 山道を通りぬけていくと、広い建物もなにもない更地に、

ぽつんと大川小学校の校舎跡と記念碑だけが立っています。



被災当初は瓦礫がたくさん積み上げられていたようです。



学校のまわりには、人々の暮らしの営みがあったはずなのに、

広大な土地に地平線に目をやってもどこまでも、建物ひとつありません。



風がきつく、車をおりると飛ばされそうでした。


そして、とても寒くてふるえました。



こんな寒さの中で津波にあったら、凍えてしまうな。と思いました。






たくさんのお花がそえられていました。

なくなった生徒の親御さんは毎日そうじに来られているそうです。



3.11といえば、卒業式前。

 私の子供もちょうど、6年生で卒業式にむけて、子供たちは毎日一生懸命、

お別れの言葉や、歌の練習をしていました。



その生徒達の日常をあっという間に奪い去っていってしまったのでした。



小学校にはすぐ裏に山がありました。

走れば、5分ほどでしょうか?


報道でもなぜその山に逃げなかったのか?といわれていましたが。


誰も経験したことのない異常な事態で、どう判断したらよかったのかは、

とても難かしい選択であったことと、思います。


学校からみると、海岸線は見えない程、遠いのです。

こんなところまで波が来るなんて思えないような印象でした。



逃げている最中に津波におそわれた子供たち。

津波は黒かった、と被災者の方々はいわれました。


3月の寒いなかで、黒い波をみた子供たちはどんなに恐ろしかったことだろう。

冷たかったことだろう、と思うと、泣けてしかたありませんでした。



同じ親として、親御さんの気持ちを思うと、

胸がずーんと重くにぶく沈んでいくようです。
 


記念碑の前に立ったとき、

ちらちらとほかにも、来ておられる方はありました。


この中に子供を亡くした方もいらっしゃるのだろうか?








ここに来させてもらったら、『白骨の御文章』を読ませてもらおう、

と決めていました。


浄土真宗のお葬式で必ずあげられるもので、一番なじみもあるものです。

  (すこし長いですが蓮如上人の御文章から引用します)



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『白骨の御文章』



それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、

おおよそはかなきものは、この世の始中終、まぼろしのごとくなる一期なり。



されば、いまだ万歳(まんざい)の人身をうけたりという事をきかず。

一生すぎやすし。



今にいたりて誰か百年の形体(ぎょうたい)を保つべきや。



我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、

遅れ先立つ人は、元のしずく、末の露(つゆ)よりも繁(しげ)しと言えり。



されば朝には紅顔(こうがん)ありて夕べには白骨(はっこつ)となれる身なり。



すでに無常の風きたりぬれば、即ち二つの眼たちまちに閉じ、

一つの息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて、

桃李(とうり)のよそおいを失いぬるときは、

六親眷属(ろくしんけんぞく)あつまりて嘆き悲しめども、

更にその甲斐あるべからず。



さてしもあるべき事ならねばとて、

野外におくりて夜半の煙(けぶり)となし果てぬれば、

ただ白骨のみぞ残れり。



あわれというも中々おろかなり。



されば、人間のはかなき事は、老少不定のさかいなれば、

誰の人も早く後生の一大事を心にかけて、

阿弥陀仏を深く頼みまいらせて、念仏申すべきものなり。



あなかしこ、あなかしこ。



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 この地でおこったことは、わたしに向けた仏さまからのメッセージでした。
 

人生は無常であること。

いつ何があるかわからないこと。

全ては変化していくし、壊れていかないものなどなにもないこと。

人生は苦しみであること。




だから、わたしたちは一人、一人、仏様に救わせてほしいと願われていること。



 わたしのために、御文章をあげていました。







ふと、目を上げると、人が増えていて

 たくさんの人が、御文章に頭をたれ、手を合わせておられました。






ごくふつうに流れていたであろう学校の日常に、思いをはせながら歩いていると、

60代くらいの男性に声をかけられました。



「さきほどは、お経をよんでくださり、ありがとうございました。

 あの、もしかしたら、被災で、お子様をなくされたお母さんですか?」


と言われました。



今日は僧侶姿でいるわけではないので、

間違えられてもおかしくありません。


僧侶でボランティアとして来させていただいたことを、お話しました。



 「それは、すばらしいですね。

 わたしたちは大型バスでボランティアの方たちをのせて、

 これから仮設住宅に向かうのです。この土日の予定です。

多摩のほうからやってきたボランティア団体です」



と言われました。



 「わたしは小さいときに三重県であった地震と津波の災害にあっているのです。

  母と必死で逃げましたが、すべて流されてしまって。

 戦時中だったので、国に操作されたニュースで

 十分に、ろくに保障もしてもらえず、大変苦しい思いをしました。
 
 母親もずいぶん苦労をしました。


 その経験があるので、今回の震災で、じっとしておれないのです。

 何かしたい、自分ができることをせずにはおれません」


と話してくださいました。







お仲間の方も来られて一緒に写真をとることになりました。

その方は、東京の八王子から来られた方でした。


子ども支援アンアンネット代表・吉永鴻一(こういち)さんという方で、


 「被災から一年がたったけどねえ、これからが心の病がでてくるんですよ。

 1年は夢中ですぎていくけれど、一応生活が落ち着いてくると、

 改めて、津波のことを思いだしてきて辛い気持ちにおそわれるんですよ。

 こころが悲しみで固まってくるのは、これからなんです。

 これからがボランティアが必要な時期なんです。


 わたしたちも観光バスできてます。

 何もプロフェッショナルな方だけを、つれてきているわけではありません。

 半日でもいいから、事前にマッサージの練習などをするのです。

 それだけでも仮設住宅の方に十分よろこんでもらえます。

 今回は楽しんでもらおうと思って、ゲームや遊びも用意しています」


と言われました。



暖かい笑顔でほほえみながら、

 「これから一緒にバスに乗っていきましょうや」

とさいごに言ってくださいました。



ほんとに、乗っていきたい、

また一緒にお会いして、なにか活動ができたらなあと思い、見送りました。






あまりに重いメッセージをもらって車のなかで、考えこみました。


アロママッサージ師の平元さんは


「大川小学校の子供たちが、津波をみて

 どんなに怖かっただろうか、冷たかっただろうか?」


といって涙ぐまれていました。



どうしようもないほどの自然の破壊力と自分の力の及ばなさを感じながら、

ギャラリーにもどりました。



お昼は、近くで暖かいトマトパスタを食べて、元気をとりもどします。


がんばらねば。



最初は、二日目にきてくださった伊澤さんの娘さんとお孫さんが来てくれるのです。

お孫さんは4年生。



いきなりアートセラピーに入らず、ゲームをすることにしました。



時間になって、お二人がいらっしゃいました。


かわいい娘ちゃんは、ちょっと緊張しているかんじ。

ゲームをしてリラックスしてから、コラージュの時間。





本当に切っていいの?とたしかめてから、

娘ちゃんはすごい集中力で切り抜きはじめました。


犬や猫、お花が好きなようで、どんどん作り上げていきます。


お母さんは、そんなわが子を楽しそうに見ながら、

すきな言葉や景色を探して、楽しくつくられていました。



2時間はあっという間にすぎました。


3人で展覧会。

ギャラリーへかざってみます。






娘ちゃんのものは、とてもかわいいワンちゃんとお花たちで構成されています。

4年生と思えないくらい、とても細かく切ってつくりあげてあります。


 色白の頬をピンクにして恥ずかしそうに、
 
「すっごく楽しかったです」

と言ってくれました。



お母さんのほうは、緑を多く取り入れられた画面に、

 「感謝」や「ありがとう」の文字があります。



 彼女は、

 「わたしはコラージュを作っていて、まだまだ、震災のことで傷ついている、

 わだかまりがあるのだなあ、ということに気がつきました。

 震災が起こったあの日、娘をつれて車で逃げました。


 これから、どうなるかもわからず、暗闇でふるえていました。


 夜空は信じられないほど美しい星空でした。

 あんなに美しい星は見たことがありません。


たくさんの大切な人をなくして、

しばらくはどんななぐさめの言葉も耳に入りませんでした。


『あけない夜はないよ』とか、心から心配してるよ、とか、

言ってくださるのですが、

言葉が耳のよこではいらずに、

バラバラッと落ちていくかんじで受け入れられなかったです。


最近はすこしましになってきましたが」



と、言われます。



それまでは、笑顔で制作されていたのに、

涙をうかべて、そう語ってくださいました。


本当にお聞きできてよかった、と思いました。


(彼女が震災当時の様子、そして半年たった心境を書かれたブログ記事があります。

ぜひ、読んでみてください。
 
震災のことがリアルに、その後の思いがそのまま書かれてあります。

こころよくリンクを許可してくださいました。

http://1001chi.blog111.fc2.com/blog-entry-736.html

http://1001chi.blog111.fc2.com/blog-entry-768.html





彼女はフェルトアーティストで、素晴らしい仕事をされています。


犬や猫を作られるのですが、亡くなったペットたちの

面影を残しておきたい方のために、

かなりリアルで暖かく特徴をとらえた人形をつくっておられました。



なごりおしいですが、急いで片づけをして、お別れをしました。





 続いて、大人のアートセラピーです。


お一人は、初日にギャラリーに来てくれた東北大学の事務員さん。

もう一人は、これも一度ギャラリーに来てくれた女子大生。

そして平野さんの3人でアートセラピーです。



大人の方には、最初、自力整体の体操をして、

肩こり首のつまりなどをほぐしてから、自己紹介です。



お隣のギャラリー部屋では、ボサノバのライブをされていて、

いい感じで音楽が流れてきます。





コラージュでは、三人ともとても集中されていました。




 女子大生さんは、とてもエネルギッシュな画面を。


 大学の事務員さんは、とろりと流れおちる蜂蜜の写真を中心に、

 理想にしている自分のイメージをつくりこんでおられました。


 平野さんは可愛い女優さんのアップを中心に、

 まわりにウォータースポーツの写真を楽しそうに配置しておられました。



みなさん、日頃持てないような集中した時間を持てた、

と言って喜んでくださいました。




 閉店間際に、可愛い若い女性が入って来られました。

 一目で絵を気に入られて、
 
「ぜひ購入したいので、明日主人をつれてきます」

と約束してくださいました。


短い時間に決められてびっくりです。




夜はサマルカンドさんへ。

息子さんの明良さんが、

 「笑顔カレンダーの活動をしている、畠山くんが企画したパーティにいこう!」

と誘ってくださいました。



ちいさめのバースペースには、若い会社員のかた、大学生がいっぱいです。


初めて話をした男性と、いろいろ語っていると、

なんと彼は、神主さん。

いろいろと異なる宗教事情について話をしてもりあがりました。


明日は、仕事をぬけてギャラリーにきてくださる、といわれます。

うれしいな。










仙台ギャラリーの6日目(最終日)です。



さあ、今日でおわり。


メインイベントの法話会の日です。
 

最終日なので、絵や道具の搬出もあります。

その後、カフェ・サマルカンドへ絵の搬入の予定。






ばてないように、がんばろー!
 
今日は僧侶姿で。



午前中から、仙台別院の婦人会の2人組の方が来てくださいました。


絵を見ながら解説していくと、とても喜んでくださいました。


 「法話会の時間に別院で行事があって来られないのよ。

 残念だし、3:00ごろ来るから、もう一度お話してもらえませんか?」


と言ってもらいました。




それでは、2回いたしましょう!


最後だからやれることは、なんでもしましょう。










 白いギャラリーに椅子を並べて、やさしい仏さまのお話のスタートです。


こんなにも、初めての方ばかりの中で話すのは、初めてです。



みなさん、門徒さん(本願寺の信徒の方)でもなければ、

お寺に足を運んだこともない人なのです。




伝わるのか?



いや、大丈夫。


みんなすでに仏さまに、何年も願われてきた方たちなのだ。必ず伝わる。
 


今回は、一番聞きやすように


1、お寺の出身でもないわたしが、お坊さんになったのはなぜか?

2、基本的な「四苦八苦」の話をまんがや絵で解説。

3、仏さまの慈悲のお話と、お釈迦さまの前世物語「金のゾウの話」


この3つを45分くらいで語らせてもらいました。
 


今回のお話は、こちらの動画でお聞きになれます。













みなさん、興味深そうに生き生きと聞いてくださいました。









  
話しがおわったあとも、口々に、わかりやすいお話でした、

と言われていました。




なごりおしいですが、次に仙台別院の方が来られます。

続けて同じ法話をするのは、はじめてです。





こんどは、いつもお寺でお話を聞きまくっておられる方たち。

70代くらいの方が中心です。


ところせましと、15人くらいいらっしゃいます。



 よくうなづきながら、聞いてくださいました。


終わってからも

「今日で個展もおしまいなんて、もっと早く来ればよかった。

いつもエライ先生の難しい話をきいているので、

今日はとても分かりやすく、ありがたかった」

と口々に言ってくださいました。



ああ、よかった。

どっと、安心しました




残るは、ギャラリーから絵の搬出。


そして、サマルカンドへの搬入。






 
個展が終わったあとのギャラリー。
 
別れを惜しみながらも、どんどん片付けます。
 
 
 





 
 
てきぱき片付けて、元の状態にもどりました。
 
 
 

 
 
羽がはえたようです。
 
 
 


 
うれしくて、おどってしまいました。



たちまち、ギャラリーは白い空間にもどりました。

6日間やりきったので、終了して感無量です。



荷造りも終了。

たくさんの荷物をダンボールに詰めました。

アートセラピーの雑誌も70冊くらいあるし、結構な荷物です。




着払いの手続きをしてから、ギャラリーの方にお礼を言って。


お店の方から

「関西からこられて、知り合いの方も少ないでしょうに、

 本当にたくさんの方が来られてましたね。光雲さんすごいです」

と言っていただきました。




そのまま疲れた体をひきずって、サマルカンドへ絵を搬入。


まず、どの絵をどう配置するか、に悩みました。


時間はかかりましたが、きれいに飾りつけがおわりました。




 
 
サマルカンドの千羽鶴の前で。
 
絵の配置をイメージします。
 
 
 












急にお店が明るくなって、ギャラリーのような楽しさも加わりました。

 
絵を飾り終えて、お店にいたみんなで記念写真。



全て終わって、やっと乾杯です。

平野さん、サマルカンドさん、ありがとうございました。



その日もカレーや、パスタ、ほうれん草のバターいため、と

どんどん出してくださいました。







最後に湯豆腐。

お母さんも座られて、一緒にたべました。



と、思っていると、ぐらぐらっとゆれて、震度5並の地震!!



となりのお店からは、キャーという声ともに、

お客さんが外へ逃げています。




わたしたちはどうしよう!!




横をみると、冷静にお母さんが、

お箸で豆腐を切って口に運んでおられます。



覚悟を決めきったような落ちつきを感じました。



地震はまた来るかもしれない。

そうしたら、絵ともお別れになるかもしれない。



でも、それでも、仙台に置きたい気持ちでした。

見てもらえて、明るい気持ちになってもらえたら、何よりです。



もしも買いたい人があらわれたら、

義援金として、サマルカンドさんにも使ってもらうことにしました。




遅くまでごちそうになって、最後にみなさんと、握手、

お母さんとは、ハグして別れました。


仙台に帰るところができたような気持ちです。





*    *    *    *    *    *    *    






あくる朝早く、新幹線にのりました。


早くも4月。


置いてきた娘たち、絵がすこしでも役に立ちますように。




被災地にいって何より勇気をもらったのは、わたしでした。





本当に何もかも一瞬でくずれていく中で


本当に大事なものは何なのか?


まる裸になったときに私ができることは何なのか?


いつ、津波で命をさらわれても、後悔のない一生を送れているだろうか。






そう考えていると、わたしの心の小さな問題は、全て流されていきました。


与えられた命を生き切りたい。


 一番大切な仏法のために生きたい、と思いました。






お世話になりました、平野さん、サマルカンドさん、来てくださった方たち、

本当にありがとうございました。



ドライブでもいい、仙台にきて現状を見るだけでもいい、

と仙台の方に言われました。



一人でも多くの方が仙台に行ってくださることを願っています。









 参考資料として、最終日に平野さんがくださった本を紹介します。
 

 「巨大津波が襲った3・11大震災―発生から10日間の記録 緊急出版特別報道写真集」

 (河北新報社)


この本には、震災当日に撮影された大津波の写真、

避難所の生活の様子、車の大渋滞、救助の場面、

そして復興が進んでいく写真がおさめられています。



震災の生の様子がにとるようにわかり、

現地に行くことができない方にとって、貴重な情報源となります。



ぜひ一度手にとってみてください。

http://www.amazon.co.jp/dp/4873412560

 






私が今回お世話になった、このレポートに出てきたお店や人々を紹介いたします。

どなたもステキな人々ばかりでした。




カフェ『サマルカンド』 

もともと教会をされていた方が始めた、カレーがおいしいカフェです。


今回の旅では、ギャラリーにお祝いのお花をくださり、

引き続き、店内に絵を展示してくださっています。


おっとりやさしいお母さんと牧師のお父さん、

若い人々が結びつける場所を作っている店長の明良さん。


仙台市内のメディアテークのすぐ近くです。

一度足を運んで見てください。


カフェ『サマルカンド』のホームページ

http://www.sendai-tabicafe.com/






フェルトアーティスト・ちあきさん 


今回、震災の様子を詳しく話してくださった方です。


ブログに記録していた記事へのリンクも、こころよく許可してくださいました。

http://1001chi.blog111.fc2.com/blog-entry-736.html

http://1001chi.blog111.fc2.com/blog-entry-768.html



ちあきさんはフェルト(羊毛)で、犬や猫を作られています。


亡くなったペットたちの面影を残しておきたい方のために、

暖かく特徴をとらえたワンちゃん・猫ちゃんを作っておられました。


ネットで見るだけでもかわいいワンちゃんにいやされます。



ちあきさんのブログはこちら

http://1001chi.blog111.fc2.com/








「笑顔カレンダー」吉川一利くん、畠山大くん、菅原優斗くんら


365日すべての誕生日の人を探して、

1日1日がその人の笑顔と目標や夢をのせた写真になっています。


みんなに笑顔になってもらうプロジェクトです。


他にも彼らは、仙台が元気になるために、野外フェスティバルなど

熱い活動をくり広げています。



 『笑顔カレンダー』のページ

http://www.egao-project.com/







ギャラリースペース『メリラボ』


手作り雑貨やおいしいお菓子も置いてあります。


白壁とエメラルドグリーンの扉が美しく、

ガラス窓が大きくて光がたくさん入ってくるギャラリー。



お店の方もとても親切です。

http://www.merimeri.jp/index.html








アロママッサージ師・平元まほさん


今回、ギャラリーに来てくださって、

多くの方に無料でハンドマッサージをしてくださいました。
 


滋賀県・比良の静かな森の中に、すてきな癒やしの空間を持たれています。

ちまたでゴッドハンドと言われ、マッサージがとってもお上手です。



彼女がいるだけで、アロマのにおいが周りにただよって、

とてもほっとさせていただきました。



平元まほさんのホームページ

http://hiranohanare.web.fc2.com/











最後に。


この記事を読んでくれたあなたに、何か少しでも感じてもらえたら、なによりです。


仙台ギャラリーが終わっても、できる限りのことをしていこうと思います。



ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


光雲










 


  


 

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